花 影  1












 爛漫の桜。
 薄ピンクに染まる風景。
 陽射しも優しく、春もたけなわ。
 しかし、ここには、のどかな空気などなかった。

 のどかな空気の代わりに辺りを包み込むのは、シンケンレッドの醸し出す、張りつめた透明な気。それを取り囲む異様なナナシの群れ。しかしそこはもう、ただシンケンレッドの独壇場だった。
 桜の花びらが舞い散る中に、真っ直ぐに足をそろえて立つシンケンレッド。そのまま刀を一振りすると、刀が巻き起こす風にさらに桜が舞い散る。桜吹雪の中を、端正な姿のシンケンレッドが、静かに進んでいく。張りつめた闘いの場ではあったが、ただ見ているだけなら、その光景は息をのむほど美しかった。
 シンケンレッドが刀を一振りするたびに、ナナシが何匹も宙を飛ぶ。それを考えると、シンケンレッドの刀に乗せる力は相当なものだろう。しかし、シンケンレッドの姿勢は、まるで形稽古をしているかのように崩れることがない。美しく流れるような体捌きと足捌き、太刀筋が、演武のように続く。それは、まるで桜の化身にでも捧げる奉納舞いのようでもあった。

 青い空の下。
 舞い散るはなびらの中を、シンケンレッドが流麗な刀さばきで歩むと、その軌跡に音もなくナナシが倒れて行く。それは静かすぎて、そしてただ美しすぎて、何故か哀しかった。
 シンケンジャーの侍たちを従えて闘っていた時と比べると、相手する外道衆も弱いのだろう。また、一人で闘っていた時の丈瑠は、もともと気合いを激しく上げる方ではなかったから、別に何が変わった訳でもないのだろう。けれど傍らで闘いを見つめる彦馬には、今の丈瑠の闘いはとても冷ややかに見えた。丈瑠が熱くなるような闘いが少なくなっただけなのだろうが、それでもどこか、今までと違う。
 隙間センサーが反応するたびに、彦馬や黒子を連れてはいるが、戦闘員としては丈瑠一人で出陣し、簡単にナナシを倒し、帰還する。それの繰り返し。それが志葉家当主の務め。しかし何故か、そんな丈瑠が寂しげに見えて仕方ない。丈瑠の表情や口調がではなく。ただ闘う丈瑠の姿が、哀しく見えるのだ。
 理由など、わかりはしないが。

 彦馬はシンケンレッドの活躍を黒子と共に見ながら、このところずっと気にかかっていたことを、さらに強く感じた。
「桜のせいか………」
 そうとも思えるし。そうでないとも言えるし。自分の感じているこれが、何なのか。丈瑠の心情なのか。ただの状況なのか。どちらにしろ、丈瑠の今の闘いは、敵に対して圧倒的に優位なのにも関わらず、見ている者を切なくするのだ。
 彦馬が考えている間に、後から続いて出てきたナナシも含めて、シンケンレッドは始末を終わる。全てのナナシを片付けた後、シンケンレッドは刀を一振りして、変身を解いた。

「殿!!またもお見事な!!」
 丈瑠の静かな戦闘とは対照的に、あからさまに感嘆の声を上げながら駆け寄る彦馬。茶やおしぼりを差し出す黒子たち。しかし丈瑠は、それらに眉を寄せながら視線を掠らせただけだった。
「殿?」
 彦馬が不思議そうな顔をするのに、丈瑠は視線を辺りに彷徨わせながら応える。
「………逃げられたな」
「は?」
 彦馬が首をひねった。隙間センサーが知らせたこの場所に駆けつけた時には、既にナナシが数匹いた。何もないこんな場所に、何故ナナシが出たのかはわからないが、いつもの通り、ナナシしかいなかった。それを丈瑠が倒しているうちに、ナナシがさらに増えてくる。最終的に、ナナシが何匹になったのか、それはあとから計算しなければならないが、とにかく現れたナナシは全て倒したはずだ。
「ナナシは………」
「アヤカシの方だ」
 丈瑠が言い切る。
「アヤカシ?しかしアヤカシなど、爺は見ませんでしたが………」
 そう言って、今更ながら辺りを見回す彦馬。丈瑠は黒子の差し出す茶を一気に飲み干すと、もう一度周囲を見回した。しかし、そこには何の気配も感じられなかった。それでも、どこかに手掛かりはないかと、丈瑠は目を閉じて、気配を探す。せめてアヤカシの痕跡でもいいから、何かないかと。
 丈瑠の頬にふと何かが触った。丈瑠が頬に手をやると、細い指の先に付いてきたのは、桜の花だった。指でつまむと、花は花弁に分解して指先から落ちて行った。そのまま何の気なしに顔を上げた先、今闘った場所より少しばかり高い場所に植えてある桜の古木に、丈瑠の視線が止まる。それは見事な、巨大な枝垂れ桜だった。丁度その時、丈瑠に向かって風が吹き下ろしてくる。細い柳のような枝が風に泳ぎ丈瑠の方に伸びてくる。もちろん、遠くにある桜の枝が、丈瑠にまで届く訳はない。しかし、その風に乗った枝垂れ桜の花びらが、丈瑠を包み込む。丈瑠はその光景に、暫し見とれた。






「殿!?」
 はっとする丈瑠。
「殿、そろそろ帰りませんと」
 彦馬が、闘いが終わっても、ぼうっと周囲を眺めている丈瑠に声をかける。いつもなら、闘いが終わるとすぐに
「帰る!」
 と言ってそそくさと帰路に就く丈瑠が、今日は帰ろうとしない。
 普段から彦馬がどんなに誘っても、外に出て行こうとはせず、戦闘以外はひきこもりに近い生活をしている丈瑠なのにだ。
「………どうも気になる。俺はちょっとそこらへんを探索してみるから、爺は先に帰っていろ」
 丈瑠が眉を寄せながら、そう言った。その言葉に、彦馬だけでなく黒子たちまでもが、思わず顔を見合わせた。
「しかし殿!今日はこれから………」
「そんなことより、外道衆との闘いの方が大事だ。そっちは爺が相手していればいい」
 そう言うが早いか、丈瑠はその場から駆け出していく。彦馬はすぐに傍らの黒子に目配せをした。数人いた黒子のうちの二人が頷くと、丈瑠の後を追う。どんなことがあろうと、志葉家当主である丈瑠を一人で出歩かせたくない彦馬だった。例え三途の川の勢力が激しく衰えていて、強い外道衆が出てくる可能性が皆無に近かったとしてもだ。
 彦馬は、遠ざかっていく丈瑠の背を、何とも言えない表情でじっとみつめた。
 





「ちょっと丈瑠、まだなのかよお」
 緋毛氈が敷かれた花見台の上に寝ころんだ千明が叫んだ。
「千明!!行儀悪いぞ!」
 そう言って千明を睨みつけるのは、当然、流ノ介だ。
「だって、ちゃんと時間約束したのに、遅れてくるのが悪いんだろ!」
「それは、確かに………」
 千明の言葉に、流ノ介も口ごもる。時間に正確な流ノ介は、腕時計を見て、さらに顔を曇らせた。
「俺、ここなら、おいしいモノいっぱい御馳走してくれると思って、朝から何も食べてないんだぜ!?」
 腕時計を見つめたまま考え込んでいた流ノ介が、顔を上げる。
「せっかく腹空かしてきたのに、こんなのないよな?」
 千明のこの言葉には、流ノ介もなんと返事していいのか困った。
「………それは、お前個人の問題であって、殿は関係ないと思うが」
「だけど腹ペコで、俺もう死にそうなんだよ〜〜!!」
 そう言って、足をジタバタさせる千明に、流ノ介は心底呆れたと言う顔をした。

 ここは、志葉家の奥庭だった。
 一年の間この屋敷に住んでいた二人だったが、志葉家の敷地はあまりに広くて、隅々まで見て回ることなどできなかった。だいたい、この屋敷の当主である丈瑠からして、庭の隅々まで知っているとは思えない。それほど志葉家の敷地は広い。だから、お花見をしようと千明が持ちかけた時に、彦馬に志葉家の庭で構わないだろうと言われて、いつも稽古をしていた場所あたりに桜があったかな、程度の考えでやってきた二人だった。
 しかし黒子に案内されたその場所に、二人は度肝を抜かれた。いったい何本あるのかもわからないほどの、たくさんの桜に取り囲まれた真ん中に、二十畳ほどの常設の花見台が造ってあった。そこには赤い毛氈まで敷かれており、傍らには宴の用意もできている。しかし花見の宴の主は不在だった。

 確かに千明が言うとおり、おいしそうな匂いがする横で、お預けをくった犬のように、ただ待つと言うのも辛い。もうかれこれ、三十分はこうしているだろうか。
「しかし………」
 流ノ介が、改めて周囲を見回す。
「よく見れば、植わっているのは桜だけではないな。桃も梅もある。それだけじゃない。桜もソメイヨシノだけでなく、山桜もあるし、枝垂れ桜もオオシマザクラ、エドヒガン、カンヒザクラ………いろいろな時期に花見ができそうだな。うん、お月見にもいいのだろうな。素晴らしい場所だ。さすが、我らが志葉家。風流を理解しているのだな」
 花より団子の千明ではあったが、流ノ介の言葉に、起き上がって流ノ介と同様に周囲を見まわした。そしてため息をつく。
「あーあ!本当に時代錯誤だよな。都心にこんなの持ってていいのかよ」
 そう言って千明はもう一度、バタリと寝ころんだ。
「凄すぎ!!丈瑠が一人占めにしてていいのか?こんなにいい場所。みんなに解放しろって感じだね!!」
「そうは言っても、ここは志葉家の城と同じだ。そう簡単にはできないだろう」
 腕を組んで一人頷いている流ノ介に、今度は千明が呆れる。
「でも、相続税って、どんだけになるんだろ」
 ふと気付いて、呟く千明。
「すっげー額になるだろ。そんなん払えるのかね。前の代ならいざ知らず、あの丈瑠にさ」
 それに流ノ介が顔を顎を上げて、馬鹿にしたように千明をじっと見つめる。
「な、何だよ。また殿をそんな風に言うなってか?だけど流ノ介だって思うだろ?あの丈瑠にとても、そんな甲斐性があるとは思えない」
「千明!お前は本当に、勉強不足だな」
 大きなため息をつくと、流ノ介は改めて腕を組みなおす。そして、諭すように話し始めた。
「志葉家はな、この世の平和を守ると言う重要な任務を、三百年もの間遂行し続けているんだ。それこそ、命をかけて、な」
「は?まあ、そりゃそうだけど………それが何?」
 ごろりと転がって腹這いになった千明が、緋毛氈に両肘をついて、流ノ介を見上げる。
「だから志葉家は、政治的にも税金的にも、国から優遇されてるのだ。国費の一部に志葉家予算ってのもあるし」
「………えっ?」
 千明が目を見開いた。
「つまり本当に特別扱いなんだよ、志葉家は。でなけりゃ今時、こんな屋敷保てる訳もないだろう」
 初めて聞く事実に、千明が呆気にとられていると、流ノ介はさらに驚くような話をした。
「それだけじゃないぞ。志葉家は昔からいろいろな事業もやってる。但しあまり表には見えないようなものだがな」
「はあ………そーなんだ」
 だから、これだけの敷地に、大勢の黒子に………と、時代錯誤でも暮らしていけるのか、といろいろな謎が解けた気がした千明だった。










小説  次話






すみません。
桜の時期を逸してしまいそうで、
「余韻」終わらせる前に
こちらを始めてしまいました。

でも、こっちも、お話が終わるころには
桜にはもう
葉が生い茂っているでしょうね………

2010.04.07