花 影  24
















 モウギュウバズーカで群がりくるナナシを蹴散らしながら、シンケンレッドは再び、アヤカシに近づく。枝垂れ桜をその体内に完全に取りこんだアヤカシは、戦闘が始まる前に丈瑠が目算した通りの、25m四方に近い巨大化をしていた。
 ナナシを倒しながら、丈瑠は考える。これほどのサイズとなると、侍巨人は使用できないのだから、やはり大変化させた獅子折神で闘うしかないだろう。しかし折神になっている間に、ナナシが黒子やあの女性を襲ったのでは話にならない。その前に、ナナシをどうにかしなくてはならない。
 そう思いながら放ったモウギュウバズーカの一発が狙いを外れて、アヤカシに当たった。別にナナシを倒すためだけにモウギュウバズーカを使用している訳ではなかったので、丈瑠は気にも留めなかった。モウギュウバズーカ一発程度では、アヤカシは痛くも痒くもないようだ。それからも次々と出てくるナナシにてこずるシンケンレッド。ナナシはアヤカシの内側から出てくるので、ナナシを逸れた何発ものバズーカがアヤカシに当たる。
 しかし、アヤカシは一向に動く気配もなかった。モウギュウバズーカを構えるシンケンレッドは、ふいに胸騒ぎを覚えた。

 どこかおかしい。何かがおかしい。
 でも、何がおかしいのだろうか?

 ふとシンケンレッドは、アヤカシ本体を凝視した。これほどモウギュウバズーカが当たっているにも関わらず、アヤカシは何故、攻撃をして来ないのだろうか。確かに、モウギュウバズーカは、ダメージになっていないようだ。アヤカシは一切のキズを受けていない。これも不思議なことだった。しかしそれ以上に、アヤカシはモウギュウバズーカが当たったことにすら、気付いていないようにも見えるのだ。
 まるで、アヤカシの気がこちらにまわっていないようだ。ナナシを倒しながらも、シンケンレッドはアヤカシの方にも気を配っていた。しかし目の前の枝垂れ桜、アヤカシには、先ほどから動きが全く見えなかった。
「まさか」
 シンケンレッドは振り返る。すると、丘の下の道に、まだ天澄寺の方に向かっている最中の、白澤家の女性と黒子が見えた。その二人に向かって行くアヤカシ特有の嫌な気配を丈瑠は感じた。
「しまった!」
 シンケンレッドは瞬時にアヤカシから跳躍して後退すると、丘の上を、天澄寺への道と並行するように、天澄寺に向かって走る。走りながらシンケンマルを腰に一旦戻して、モウギュウバズーカからインロウマルを外した。そして、途中に控えている黒子に叫ぶ。
「すぐにここから離れろ!」
 それと共にモウギュウバズーカを黒子に投げ渡し、提げていたシンケンマルにインロウマルを装着する。バックルから雷ディスクを出してシンケンマルにセットし、女性と黒子に追いついたところで、シンケンレッドは一気に丘を飛び降りた。そして天澄寺に向かって走る二人の背中のすぐ後ろに、背中あわせに立った。二人がシンケンレッドに気付き、振り返ろうとした時
「そのまま走れ!」
 シンケンレッドは命令しつつ、
「スーパーシンケンマル!真・雷電の舞い!!」
 シンケンマルを地面に、満身の力を込めて突き立てた。その瞬間、雷がシンケンマルめがけて落ちてくる。空気を切り裂く爆裂音と共に、地下に雷が走る。
「はああぁぁぁぁぁ」
 地中に雷を走らせるために、シンケンレッドは地面に突き立てたシンケンマルに、モヂカラを注入し続ける。すさまじいまでの稲妻が地中を走り、地割れを引き起こした。するとその地割れの中で稲光が光り、
「ぐわあああ」
 といううめき声と共に、シンケンレッドの背中、数メートルの場所に、直径1mはあろうかという、アヤカシの焦げた太い根が飛び出してきた。飛び出してきたすぐ先には、女性が立ち竦んでいる。
「抱えて連れて行け!!」
 シンケンレッドが叫ぶと黒子が女性を抱き上げて、走り出した。

 女性と黒子に向かって走っていた先頭の根は、真・雷電の舞いで焼き尽くしたものの、その後も、今度は地面を持ち上げ、いくつもの根がのたうちながら、シンケンレッドに迫って来る。
「烈火大斬刀!!」
 シンケンマルを烈火大斬刀にして担ぐと、獅子ディスクを烈火大斬刀にセットする。
「百火繚乱!!」
 シンケンレッドは、自分の身長よりも、遥かに高く猛炎が立ち上る烈火大斬刀を、振りまわした。
「うおぉぉぉぉ」
 すさまじい火の勢いが周囲のもの全て焼き尽くす。近くまで来ていたナナシも、同様に焼き尽くされる。それでも、次々と地面から湧きだしてシンケンレッドを襲ってくる根は、無くならなかった。
「はあぁぁぁぁ」
 再度、烈火大斬刀にモヂカラをつぎ込むシンケンレッド。何度も何度も烈火大斬刀を振りまわし、地面の上の草木は全て焼き尽くされて、シンケンレッドの周辺は焦土と化していた。それでも、新たに次々と襲ってくる太い根の勢いは衰えなかった。

 さすがに、一回の戦闘で、これほど何度も烈火大斬刀を振りまわした経験はない。それに、この直前にも同じことをしているのだ。一人で闘っている今、戦闘のバリエーションが乏しくなるのは仕方ないことだったが、それでもこれでは、とてもモヂカラが続かなかった。
「もとの………あれを倒さないと駄目か」
 烈火大斬刀を地面に付いて、肩で息をしながら、シンケンレッドが丘の上を見上げる。
 根とばかり闘っていても埒があかない。やはり、あの枝垂れ桜の本体をやらねばならないのだろう。
「しかし………」
 未だに攻撃してくる根に、シンケンレッドは苦しそうに烈火大斬刀を持ち上げながら、後ろを振り返る。その視界に天澄寺の門が入った。黒子と女性の姿はもうない。無事に天澄寺に逃げ込めたのだろうが、安心はできなかった。相手がこの『根』では、よほど遠くにいかない限り、逃げ切れない。シンケンレッドが本体と闘うために、この場を離れたら、その間に根が天澄寺を襲うだろう。
「ここを離れられない」

 モヂカラの使いすぎで、貧血を起こしそうな状態のシンケンレッドだったが、それでも、立っているだけは立っていた。しかしもう、烈火大斬刀は使えそうもない。丈瑠の中のどこにも、モヂカラを発するだけのエネルギーは残っていない。






「ふっ………」
 思わず笑いが漏れる。
 つい今朝ほど、自分は彦馬に、偉そうに何を言ったのか。
『俺はやる。ひとりでやれる。外道衆の誰にも、爺や黒子に手出しさせないし、流ノ介や千明を危険な目にも合わせない』
 目の前がくらくらしてくる中で、脳裏に彦馬の顔が過る。
『安心しろ。俺一人で絶対にやりきるから』
 そう言った時の、彦馬のあまりに哀しそうな顔。

 彦馬の顔を見ていられなかった丈瑠だが、一方でこうも思った。
 俺のことを信用していないのか?
 彦馬の表情にそういう想いを抱いた丈瑠だったが、そんな自分を今は嘲笑したい気分だった。
「全然………駄目じゃないか」
 ドウコクどころか、たかだか、こんなアヤカシ一匹に、ここまで追い詰められて。烈火大斬刀を数回使っただけで、モヂカラを使い果たしてしまって………
「こんなんだから………」
 崩れそうになる膝。暗くなっていく視界。
「爺が俺を信用できくても仕方ないのか………」


 本当は
 本当は………
 爺の笑い顔が見たいのに。
 千明や流ノ介に向けるような、屈託のない笑い顔を向けてほしいのに。

 けれど。
 多分。
 いつだって、俺は爺の期待を裏切っている。
 爺はそうとは言わないが、俺にだけ向けられる、あの哀しそうな顔が………

 
「その証拠……ということなんだろう」
 呟く声は、あまりに寂しく響いた。
 だが………
「くうぅぅぅぅ」
 シンケンレッドは、烈火大斬刀にもたれ、俯いたまま、最後の足掻きの気合いを入れた。どこにも力が残っていなくても。モヂカラを使い果たしていたとしても。
「それでも!俺は!!」
 全身の力を絞り出すようにして、もう一度、シンケンレッドは烈火大斬刀を担ぎあげた。
「やるしかないんだ!!」

「うおおおおおおおおおーーー」
 烈火大斬刀が、今までよりもさらに大きく激しく燃えあがる。この後のことより、とにかく今、ここをなんとかしなくてはならない!シンケンレッドの胸に渦巻いていたのは、そんな思いだった。
 


 


 シンケンレッドが烈火大斬刀を振りまわそうとした、その時だった。
「「ショドウフォン!一筆奏上!!」」
 シンケンレッドの後ろに、二つの影が舞い降りる。
「「はっ!!」」
 流ノ介と千明が、水と木の文字を裏返して、変身する。
「シンケンブルー!池波流ノ介!!」
「シンケングリーン!谷千明!!」
 名乗りの声と共に、水飛沫と木の葉が舞い散り、シンケンレッドの両脇に侍たちが跪いた。

「………え」
 絶句するシンケンレッドに、シンケングリーンが立ち上がって怒鳴る。
「丈瑠!!そんなに烈火大斬刀ばっか振り廻しているんじゃねえよ!!」
 一瞬、口がきけなくなったシンケンレッドだったが、すぐに我に返る。
「何しに来た!!」
 そして烈火大斬刀を地面に下ろす。
「お前たちを戦闘には参加させないと言ったはずだ!引いていろ!!」
 地面に着けた烈火大斬刀を左手で支えつつ、それにもたれかかるシンケンレッドに、シンケングリーンが嗤いながら近づく。
「へっ!どう見たって、モヂカラもろくに残ってないくせによく言うぜ!?」
 そんなシンケングリーンの胸倉を、シンケンレッドの右手が掴んだ。
「そんなことはない!とにかく引け!そして、帰れ!!」
 シンケングリーンを突き飛ばそうとしたところで、その右上腕を後ろから掴まれる。振り返ると掴んでいるのは、当り前だがシンケンブルーだった。
「お、お前も!」
 帰れと言おうとしたシンケンレッドは、そこで掴まれていた腕を、ぱっと乱暴に放されて、思わずよろける。
「流ノ介、お前………」
 怒鳴ろうとしたシンケンレッドは、しかしシンケンブルーの剣呑な雰囲気に言葉を呑み込んだ。何も言わずに、じっとシンケンレッドを見つめてくるシンケンブルー。その表情がマスクに遮られてうかがえないからこそ、全身から醸し出される雰囲気に、シンケンレッドは思わず身体を引いてしまう。
「殿」
 呼びかけられた言葉はいつもと同じでも、そのあまりに冷たい口調に、何も言えなくなってしまうシンケンレッド。それを見透かしたように、シンケンブルーが一歩前に出て、さらに丈瑠を威圧した。
「私と千明が、ここを防ぎます。殿は、あちらのアヤカシ本体をお願いします」
 否やを言わせない、シンケンブルーの断固とした口調。
「おい、流ノ介!こんな丈瑠一人で、あっち大丈夫なのかよ」
 シンケンレッドの背後から、シンケングリーンが異を唱える。シンケンブルーはシンケンレッドから目を逸らすことなく、それに答えた。
「殿は、ドウコクまでも倒された志葉家十九代目当主だ。それくらい、どうということもない」
 マスクに視線は隠されているが、その時の流ノ介の視線が、どれほど冷たいものなのか、丈瑠には目に見えるような気がした。その流ノ介の態度に、シンケンレッドが未だ声を出せずにいると、
「殿。よろしいですね」
 シンケンブルーが念押しをする。シンケンレッドは完全に気圧された状況で
「あ、ああ………」
 と答えるのがやっとだった。シンケンレッドは、数歩、シンケンブルーから後退すると
「………判った。後は任せる」
 と呟くように言う。そして、その場から逃げるように、烈火大斬刀をシンケンマルに戻して、丘を駆けあがった。






 その後ろ姿を横目に捉えつつ、シンケングリーンが襲ってくるナナシを斬り払う。斬り払いながら、やはりナナシを数匹、一度に相手にしているシンケンブルーに叫ぶ。
「大丈夫なのかよ、丈瑠は!!」
 シンケンブルーは、次に、隆起してきた地面を割って、そこをのたうつアヤカシの根を相手にし始めた。太い根を叩き斬りながら
「大丈夫だろう」
 と感情もなく告げる。シンケングリーンも自分の足元に湧きでてきた根を、ナナシと一緒に叩き斬りながら叫んだ。
「モヂカラも、本当に残ってなかったみたいだぜ?遠くから見てても、あんだけ烈火大斬刀使ってんだから、そりゃそーだろ、って思ったけどさ!」
「千明!闘いに集中しろ!!」
 シンケンブルーはそう叫ぶと、シンケンマルを斜めに構えた。
「シンケンマル!水流の舞い!!」
 シンケンブルーがシンケンマルを一気に振り下ろす。すると、とてつもない圧力の所謂ウォータジェットが一直線にシンケンマルから噴き出した。金属をも鋭利に斬り裂くウォータージェットだ。それを流ノ介は、地面に向かって幾重にも振るう。それにより、広範囲に渡って地面がずたずたに斬り裂かれた。丘の上から天澄寺方向に向かって伸ばされていたアヤカシの太い根は、これによって全て寸断されてしまった。しかし、寸断された根は、それでも地割れの底で蠢いている。まだ生きているのだ。
「千明!!」
 シンケンブルーの呼びかけにシンケングリーンが頷き、瞬時に二人で構えをとる。
「「シンケンマル!二重の太刀!!」」
 シンケンブルーとシンケングリーンの二重の太刀が、寸断された幾つもの根を再び襲う。今度は寸断ではなく木っ端微塵にして、根を再生不可能なところまでとどめを刺した。その返す刀で、残りのナナシをなぎ倒す。

 アヤカシの根の攻撃がなくなり、ナナシも全滅させた。
 但し、その場は、シンケンレッドの烈火大斬刀で焦土となり、真・雷電の舞いと水流の舞いで地割れだらけになった。少し前までの桜の園とは似ても似つかぬ、とんでもない様相となってしまったのだった。












小説  次話






『帰って来た侍戦隊 シンケンジャー 特別幕』 DVD発売記念!?
毎日UP祭り 二日目です。
シンケンジャーBGMと共に読んで頂けると、嬉しいです♪

2010.06.20