花 影  25
















 流ノ介はシンケンマルを一振りする。そのシンケンマルから飛び散る水飛沫を避けるために、シンケングリーンが横に飛んだ。シンケンブルーはそれを無視して、シンケンマルを腰に戻すと同時に、変身を解除した。シンケングリーンが驚く。
「おい!丈瑠の加勢に行かないのかよ!!」
「あちらは殿に任せたと言ったはずだ」
 振り向きもせずに、流ノ介が言う。それにシンケングリーンが肩をすくめた。
「あーあ!冷たいねえ。流ノ介って、結構、意地悪だったんだな」
 流ノ介が顎を上げてシンケングリーンを見た。
「丈瑠、かなり参ってたぜ?」
 シンケングリーンの心配そうな声音に、流ノ介の眉が吊り上がった。その表情に、シンケングリーンは、今度は首を竦めた。
 流ノ介はシンケングリーンに背中を向ける。唇を噛みしめ、丘の上を見上げた。そこには、確かにモヂカラを使いすぎたのであろうシンケンレッドがいた。足取りは、先ほど自分たちが駆け付けた時よりは、ましになっているものの、危うくて見ているのが辛いのは変わりない。
 その上、シンケンレッドはこれから何をするつもりなのか?あの巨大なアヤカシの傍に、どんな策を持って近づいて行っているのか。考えるだけで、心臓が痛くなって来る。傍に駆け付けたくなる。けれど流ノ介は、それをぐっと我慢した。

 先ほど、ここにやって来た時のことが、流ノ介の脳裏に甦る。
 遠くから見ても判るほどに、シンケンレッドはモヂカラを使い果たしてボロボロになっていた。それでも、誰に助けを求める気もなく、最期まで独りきりで闘おうとするシンケンレッド。この世にたった一人で生きているかのように、誰も見ていないシンケンレッド。
 それを見た瞬間に、それまで流ノ介が感じていた丈瑠への怒りは、霧散した。今の丈瑠に、流ノ介の感じる怒りは、多分、無駄なのだ。意味がないのだ。
 それを理解した瞬間、流ノ介はあまりにも哀しかった。涙も出ないほど、哀しかった。喜怒哀楽が激しい流ノ介が、涙も出ないほどなのだ。そして、これこそが彦馬がずっと感じている想いなのかと、合点する。今までも流ノ介は、彦馬の丈瑠への思いを判っているつもりだった。しかし、判っていなかったのだ。
 きっと丈瑠は気付いていないのだろうが、丈瑠の目には、誰も映っていない。丈瑠の意識には、誰も存在していない。多分、丈瑠自身すら。だから、あれほど丈瑠は投げやりなのだ。そして丈瑠の中にある唯一のもの。それは『外道衆を倒す』こと。これだけなのだ。この世を、人々を守ることは、この『外道衆を倒す』ことを裏返ししたものだ。これ即ち、志葉家当主の務め。これだけは、どんなことがあってもやらなければならない、志葉家当主の役割。そんな彦馬の教えを、それだけを、丈瑠は本当に体現してしまっている。
 それが判ってしまう彦馬の辛さは、如何ばかりのものだろう。彦馬は今、自分は何を育ててしまったのだろうと、あれはもう人の在り様ではない、と思っているのだろう。いつも丈瑠のすぐ傍にあって、丈瑠の一挙手一投足に、ずっとこんな思いを抱き続けている彦馬。
 彦馬の丈瑠への、あまりに苦しい想いを、流ノ介は初めて理解できた気がした。

 それでも、流ノ介の胸に自然に湧き上がる
『殿を、お助けしなければ!』
『殿を、お守りしなくては!』
 という想い。
 しかし流ノ介はそこで思い留まる。それだけではいけないのだ。多分、これからは。
 それでは、これから、何をどうしていけばいいのか。それは、わからない。けれど、今までと同じままでは、これからの丈瑠に仕える意味はないのかも知れない。流ノ介は、今初めて、これからの丈瑠に仕える難しさを実感した。

 ふと気がつくと、流ノ介の隣に、流ノ介と同じように変身を解除した千明が立っていた。千明も、丘の上を見つめる。そしてため息をついた。
「なあ、流ノ介。あの枝垂れ桜、すげーことになっちまってんな」
 共に並んで同じ方向を見ていても、流ノ介と千明は見ている物が違うらしい。だいたい、千明が言う枝垂れ桜は、もう枝垂れ桜ではなくアヤカシ本体と化しているのだ。
 それなのに
「あーあ、くそっ。あれじゃあ………どうしようもねえかなぁ」
 と、あまりに悔しそうに呟く千明。そんな千明に共感することもできず、流ノ介は黙って千明を見つめた。丈瑠といい、千明といい、他人と心を通じ合わせる難しさを、改めて感じる流ノ介だった。
 





 シンケンレッドは、よたよたと丘の上に辿り着く。そして、アヤカシ本体の様子を探った。
 ナナシやアヤカシの根の攻撃から、白澤家の女性や黒子を守る必要がなくなったら、シンケンレッドは、大変化させた獅子折神で、アヤカシに攻撃を加えるつもりだった。そのシンケンレッドが、力を使い果たしているにも関わらず、わざわざアヤカシ本体のいる丘の上まで戻って来たのには、理由があった。
 獅子折神でアヤカシに突っ込む前。アヤカシを完全に燃やし切ってしまう前に、確かめておきたいことがあったのだ。

 先ほど、モウギュウバズーカの攻撃を受けても、アヤカシは傷を負わなかった。
「そんなことが、あるのか?」
 それがシンケンレッドの疑問だった。
 先ほどは、白澤家の女性が襲われる可能性と緊急性の方が高くて、この疑問を途中で放り出してしまった。しかし、丈瑠はそれがどうにも気になっていた。

 シンケンレッドは、どうしてこんなことが気になるのかもわからないまま、アヤカシ本体に近づく。今、アヤカシに攻撃をされたら、このモヂカラを消耗しきった身体では、対抗しきれないかもしれない。そう思いつつも、どうしても確かめたい。
 幸運にも、アヤカシには相変わらず動きは見られなかった。まるで、アヤカシがここにいないかのようだった。いくらアヤカシの根がやられたとは言え、むしろやられたからこそ、こちらにアヤカシの意識が戻っていても良いようなものなのだが、目の前のアヤカシ本体は静けさを保っている。
 どうにも謎だらけだ。シンケンレッドはそう思いながら、アヤカシの身体、かつて枝垂れ桜の幹だった場所まで近づき、つぶさに調べる。
「やはり………」
 予想通り、アヤカシ本体に、モウギュウバズーカの傷跡は一切なかった。もちろん、シンケンレッドが根と闘っている間に完全に再生したということも考えられる。しかし、先ほど攻撃している時から、アヤカシは一切のダメージを受けていないように見えた。
「どういうことだ?モウギュウバズーカの威力は、かなりのものだぞ。それを何発も受けたのに………」
 シンケンレッドは呟く。シンケンマルや烈火大斬刀の攻撃には、アヤカシは大きなダメージを受けていた。そして、ナナシはモウギュウバズーカでやられていた。しかし、アヤカシ本体だけは、モウギュウバズーカが効いていなかった。
「シンケンマルとモウギュウバズーカ。どこが違うというのだ?」
 このシンケンレッドの疑問は、実は大きな意味を含んでいた。



 


 しかし、シンケンレッドの体力もここまでだった。シンケンレッドは遂に立っていることができずに、膝から崩れ落ちる。そして、こともあろうにアヤカシ本体である、かつての枝垂れ桜の幹の根元に跪いていてしまった。
「………はあ」
 それでも幹に手をついて、なんとか立ち上がろうとするシンケンレッド。しかし、再び倒れ込む。仕方なくシンケンレッドは、アヤカシ本体に背中を預けた形となって、そこに座り込んだ。
「アヤカシの意識がどっかに行っているからいいようなものの、こちらに戻ってきたら、それで終わりだ」
 どうにかしてもう一度立ち上がらねば。そう思うが、身体がいうことを利かない。その上
「この後、獅子折神を大変化させて、五角大火炎………」
 などということは、今のモヂカラでは、とてもできそうもない。

 どうしよう

 シンケンレッドの頭に浮かぶのは、それだけだった。どうしたら、このアヤカシを倒せるのか。この力の尽きた状況で。しかしいくら考えても、何も出てこない。既に、考えること自体すら、怪しくなり始めている。
 ここまで来ても、シンケンレッドの考え得る作戦の中に、今、丘の下に立つ二人の侍は入って来ない。とりあえず、今回だけでも助けてもらおう。そんな意識もなかった。

 どうしたらいいのか

 再びそう思い、シンケンレッドは上を見上げた。しかし、既にシンケンレッドの思考は、ただ表面的な言葉を繰り返すのみで、実質を伴っていなかった。
 見上げた場所。枝垂れ桜に模したアヤカシ本体は、枝も触手も再生していた。ただ、それが蠢いていない今は、見ようによっては、それらが枝垂れ桜の枝に見えないこともない。その枝の間から、空が見える。雲ひとつない青い空。明るい空。それがシンケンレッドの目に沁みた。それをじっと見ていると、すぅっと気が遠くなるような気がした。貧血が酷くなっているのかもしれない。後頭部を幹に預け、目を瞑る。シンケンレッドは、それで、少しでも体力の回復に努めた。
 本当は、アヤカシに身体を預けているのかと思うと怖気がくるが、動くこともままならないのだから、仕方ない。それに何故か、背中に当たるアヤカシの本体は暖かいような気がした。それがシンケンレッドの身体をじわじわと温めて行く。そうしていると、不思議に身体に力が戻って来るような気がした。


 僅かな時が流れた。
 じっと目を瞑っていたシンケンレッドが、何かの気配を感じる。
「アヤカシ?」
 そう思い目を開けたシンケンレッドは、目の前の光景に目を疑った。シンケンレッドがへたり込んでいる前に、幾重にも枝垂れ桜の枝が、カーテンのように下がっていた。それには、桜の花と蕾が、びっしりと付いていた。驚いて周囲を見回す。でこぼこだった地面は平らになり、斬られて落ちていた枝も、どこにもない。
 まるでアヤカシに乗っ取られる前の、枝垂れ桜のようだった。その桜の花は、まだ三分咲き程度だろうか。その上、その花は白かった。目の前に幾重にも垂れる枝と、白い花。それはシンケンレッドに、白澤という名前の由来を思い出させる。
 それにしても
「どういうことだ?」
 思わずシンケンレッドは立ち上がった。そして気付く。重かった身体が自在に動く。体力が、そして多分モヂカラも、回復していた。シンケンレッドは、自分の手のひらを見つめた。
「何故………」
 理解ができず、周囲を見回す。しかし体力やモヂカラが回復した理由は、それだけではわからなかった。先ほど感じた何者かの気配も、そこにはない。
 数歩歩いて枝垂れた枝の中から出ると、シンケンレッドは丘の縁まで行った。見ると、丘の下も景色が一変していた。シンケンレッドが、そしてシンケンブルーとシンケングリーンが荒らしたところが、全てもとに戻っている。もちろん、シンケンブルーもシンケングリーンも、そしてナナシもアヤカシもいない。静かで美しい平和な桜の園が、そこに拡がっていた。
 訳が分からず、呆然とするシンケンレッド。その瞬間、背中に異質な気配を感じて、瞬時にシンケンレッドは、枝垂れ桜を振りかえった。

 するとそこには、小さな子供がいた。
 真っ白な小袖に緋袴を着け、その上に千早を羽織った幼い少女だった。眞白な肌に、輝く大きな瞳。その瞳の上で切り揃えられた漆黒の髪は、後ろに長く垂らされて、檀紙と水引で纏められていた。その頭には桜の花で作られた小さな冠が載り、手には鈴をあしらった桜の枝があった。
 目を見張るシンケンレッドの前で、その少女は、鈴を鳴らしながら舞い始めた。
 暫くの間、呆然とそれを見ていたシンケンレッドがやがて呟く。
「………巫女舞」
 どうみても少女の装束はそうとしか見えなかったし、少女の周りには神聖な雰囲気が漂っていた。
「でも、どうしてこんな………」
 理解を超えた状況に、シンケンレッドはただ呆然と少女の踊りを見つめる。すると、どこからか微風が吹いてきて、枝垂れた枝が少女の周囲で揺れ始める。そして、はらはらと少女の上に、桜の花びらが散って来る。その中を、時折鈴の音が鳴る。その鈴が光を反射して光る。まるで夢を見ているような光景だった。
 ふと気付くと、桜が次々と花開いて行く。そして散って行く。それとともに、枝垂れ桜の枝が伸びる。幹も伸びる。
「………え」
 思わず腰のシンケンマルに手をやるシンケンレッドだったが、その異変は枝垂れ桜だけではなかった。目の前の少女も、みるみる成長して行く。少女から女性へと。その初々しい美しさはそのままに、けれど女性らしさが漂ってくる。それに呼応するように、枝垂れ桜が巨大化していく。

 ここまで見て、やっとシンケンレッドは気付いた。
「また………桜の仕業?つまり、これは幻。いや、桜の記憶と言っていたか」
 しかしこの枝垂れ桜は、アヤカシに完全に乗っ取られたのではないだろうか?それとも、これは既にアヤカシがしていることか?
 シンケンレッドは、枝垂れ桜から、少しずつ後退を始める。それを感知でもしたのか、それとも、見せたかった映像は、そこまでだったのか。いきなり、巫女装束で舞っていた女性の姿が消えた。シンケンレッドが警戒していると、そのシンケンレッドの前に、また何かが現れる。
「今度はいったい何を………」
 言いかけたシンケンレッドがそこで言葉を失った。
 次に目の前に出てきたのが、シンケンレッド、自分だったからだ。少女や女性が舞っていた場所で、シンケンレッドはナナシと闘っていた。
「あ………」
 それは、まさしく昨日の闘い。場所は、本当はここではなく、この丘の下だったはず。
 しかし、シンケンレッドの赤いスーツ。シンケンマルをナナシの剣と合わせる時の金属音。そしてシンケンマルを振るう時、シンケンマルに陽の光が反射して、きらきらと煌めいていた。気合いを発することも殆どなく、無言のまま、流れるようにナナシを始末して行くシンケンレッドの剣捌き。それは、見ようによっては、先ほどの巫女舞に似ていなくもなかった。
 シンケンレッドは、アヤカシが言っていた言葉を思い出す。
『おまえのあの戦闘が、このもうろくした桜には、別のものに見えたらしい』
 それが、これか?
「枝垂れ桜は、俺とナナシの闘いを………奉納舞と………間違えた?」
 そんな馬鹿なとは思うものの、今、目の前で見せられた映像から察するに、そうとしか考えられない。そうだとすると、これを自分に見せているのは、やはりアヤカシではなく枝垂れ桜なのか?枝垂れ桜は、アヤカシと一体化し、アヤカシに飲み込まれてしまったのではないのか?まだ、桜の樹のみの意識を持っているのか?






 そう思った瞬間。
 大きな桜の枝が、鋼鉄の太刀と化して、シンケンレッドに襲いかかって来た。

 シンケンレッドは瞬時に後ろに跳躍して逃れる。我に返ると、枝垂れ桜は枝垂れ桜ではなかった。やはりアヤカシだった。そして、アヤカシの周辺は、土が隆起し、枝や花が大量に落ちていた。
 振り返ってみた丘の下も、アヤカシと、シンケンレッド、ブルー、グリーンが闘った時のまま、焦土と地割れの荒廃した場所となっていた。











小説  次話






『帰って来た侍戦隊 シンケンジャー 特別幕』 DVD発売記念!?
毎日UP祭り 三日目です。
無事に祭りが終われて嬉しいです♪
話自体はまだ終わっておりませんが、楽しく読んで頂けたら、嬉しいです。

そして、特別幕、ご覧になりましたか?
こちらは、文句なしに楽しかったですね。
もう、それ以上は、寂しくなるから考えない月餅です。
でも、まだ8月発売の1、2幕特別版がありましたっけ?
それを楽しみに生きて行きます。

2010.06.21