花 影  32
















 丈瑠は、彦馬がショドウフォンを閉じるまで待った。
「………爺?」
 丈瑠の呼びかけに、彦馬はすぐに顔を上げて、丈瑠を見つめ返してくる。そのいつも見慣れた何気ない仕草。
「殿?どうかなさいましたか?」
 そして、誰よりも何よりも、丈瑠を第一にと考えてくれている言動。十七年間、当り前のように丈瑠に与えられてきた、彦馬の愛情。それに、丈瑠の胸は苦しくなる。
「爺………モウギュウバズーカは………」
 自分がこれから起こす行動によって、もしかしたら、この彦馬がいなくなってしまうかも知れない。もう、こんな風に彦馬と目を合わすこともできなくなるのかも知れない。そう思うと、既に口に出した言葉すら、語尾が怪しくなる。それきり黙ってしまいそうになった丈瑠を、彦馬が心配そうに覗き込んできた。
「殿?モウギュウバズーカがどうされました?」
 丈瑠は目を瞑り、いやいやでもするように首を振った。その丈瑠の幼い仕草に、彦馬の顔に思わず笑みがこぼれる。
「殿。あの桜の後始末の件でしたら、爺が………」
「いや、爺」
 言いかけた彦馬の言葉を、丈瑠が遮った。しかし丈瑠は、彦馬の言葉を遮っただけで、その後は無言で彦馬を見つめる。
「………殿?」
 丈瑠の瞳に光が反射して、きらきら輝く。それは、丈瑠の瞳が潤んでいるからではないのか?彦馬の顔が曇る。
「殿、どうなされ」
「爺、モウギュウバズーカはある………な」
 自分からは何も言いたくない。でも、彦馬にも何も言わせたくない。
 丈瑠がそう言っているように、彦馬には思えた。そんな不思議なやりとりを、少なくとも、このような戦闘の場ではしたことのない彦馬は、丈瑠のいつにない不安定な様子に目を見張った。

 思い起こせば、丈瑠が初めて実戦に赴いた時から、彦馬はずっと丈瑠の戦闘に付き添ってきた。シンケンジャー結成の後は、侍たちとの繋がりを強固にするために遠慮していたが、丈瑠が独りで闘い始めたこの数ヶ月は、彦馬はまた戦闘に付き添うようになった。
 幼かった丈瑠の初陣から、もう幾年月が経ったことだろう。その間、闘いで丈瑠がどれほどの怪我を負ってきたことか。命にかかわるような怪我も、後遺症が心配されるような傷も、幾度となく丈瑠はその身に受けてきた。その度に、できることなら、丈瑠を闘いから解放してあげたいと、彦馬は思い続けてきた。しかし思うことしかできなかった。それを誰かに告げることも、丈瑠の出陣を止めることも、彦馬にはできなかった。
 それどころか、彦馬は心では丈瑠を闘いから遠ざけたいと思いつつも、行動では、むしろ丈瑠を闘いへと積極的に導いていたのだ。
 丈瑠が闘いを止めたら、この世界はどうなるのか。この世を守る志葉家は、どうなるのか。外道衆に対抗できる唯一の切り札、シンケンレッドになれるのは、今は丈瑠しかいないのだ。その大義名分の前に差し出された、丈瑠の命。その大義名分に、身動きが取れなかった彦馬。
 けれど今なら、彦馬は丈瑠に言える。丈瑠が望んでいることとは違うのかもしれないが、それでも、彦馬はもう、丈瑠が傷つく姿を見たくないのだ。それは、外道衆の戦闘での傷ももちろんだ。しかしそれ以上に、丈瑠が自分自身を追いこんで、自ら傷ついていくのを見ていられない。
 それは、何百年も続く、終わることのない外道衆との闘いと同じように、丈瑠自身が闘いを止めない限り、続くものだ。

「爺?爺!?」
 何度目かの丈瑠の呼びかけで我に返った彦馬は、改めて、目の前の丈瑠を見つめた。彦馬にだけ見せる丈瑠のあどけない顔が、そこにあった。彦馬と目が合うと、丈瑠の瞳はいつもほんの少し細く優しくなる。
「爺。モウギュウバズーカを用意しておいてくれ」
 丈瑠はそう言うと、何かを振りきるように、彦馬に背を向けてショドウフォンを取り出した。
「………は?殿?」
 彦馬の驚きをよそに
「ショドウフォン!一筆奏上!!はっーーーーー!」
 丈瑠は、空中に火の文字を書き、それを裏返してシンケンレッドに変身する。次にインロウマルで、スーパーシンケンレッドになった。

 淡々と戦闘準備を進めるシンケンレッド。もう何百回も見てきた、丈瑠の、すらりと立ち姿も美しいシンケンレッド。それは、彦馬にはまるで、武者人形のように見えた。流ノ介は、丈瑠が誰よりも完璧なシンケンレッドを目指していると言ったが、彦馬に言わせれば、今の時点でもう十分に、丈瑠が歴代で一番のシンケンレッドだ。
 強さも、姿も、その気持ちの優しさも。そして、どこまでも志葉家の当主を背負って行こうとする、あまりに純粋な想いも。
 彦馬の中では、先代よりも誰よりも、丈瑠のシンケンレッドが一番なのだ。その丈瑠が、丈瑠のシンケンレッドが誇らしくて。でも、だからこそ、どうしようもなく哀しくもあって………。
 彦馬は、込み上げてくる感情と、結論を出せないままの想いに、シンケンレッドを見ていることができず、目を閉じた。
「殿………」
 そして改めて噛みしめる。自分の役割は、どこまでなのか、と。

 シンケンマルにインロウマルをセットし、スーパーシンケンマルにした後、シンケンレッドは彦馬を振り返った。
「爺」
 手を差し出すシンケンレッド。それに彦馬が、躊躇いがちに、黒子に用意させたモウュウバズーカを手渡す。渡しながらも、彦馬の顔は、ますます曇っていく。
「………殿、これでどうなさるおつもりか」
 堪え切れずに呟く彦馬。
 それに、シンケンレッドはマスクの下で笑ったのだろうか。
 そんな気が、彦馬にはした。不思議と柔らかな、しかしどこか哀しげな雰囲気が、シンケンレッドを包む。それは、もう遠い昔のような気すらするが、昨日のナナシとの戦闘でも、感じた想いだった。何がと説明はつかないものの、言い様のない不安を感じる彦馬。
 この後、シンケンレッドが行うことは、戦闘ではない。それほど大変なことでもないだろうし、シンケンレッドが傷つくこともないだろう。それなのに、シンケンレッドから感じるこの雰囲気は何なのか。丈瑠は、何かの決意を込めて、今、シンケンレッドになったのではないのか?
 訳もわからず、それでも、いや増す不安。
「殿、もう少し待って頂ければ、爺がここはなんとか納めますので………」
 モウギュウバズーカを持つシンケンレッドの腕に、思わず手を掛けてしまう彦馬。シンケンレッドを見上げる彦馬の瞳は不安に満ち溢れていた。シンケンレッドを引き留めたいと思いつつも、それ以上はできない彦馬。それでも、シンケンレッドの腕を放さない彦馬。
 シンケンレッドが、自分の腕に掛かる彦馬の手をじっと見つめた。そしてゆっくりと、彦馬のその手の甲に、自分のてのひらを重ねる。
「殿………」
 シンケンレッドのグローブを通して、彦馬の手に丈瑠の温もりが、丈瑠の手には彦馬の温もりが、伝わって来る気がした。
「………殿」
 込み上げてくるものに、喉が詰まりそうになる彦馬。しかし、それにシンケンレッドは微かに首を振った。
「………大丈夫だ。爺」
 それだけ言うと、シンケンレッドは、彦馬の手に重ねた手で、彦馬の腕をそっと外した。
「殿?」
 シンケンレッドは、渡されたモウギュウバズーカにスーパーシンケンマルをセットする。そして、スーパーモウギュウバズーカにする。この威力にはもの凄いものがある。それこそ、小さなビルくらいならば、吹き飛んでしまうほどだろう。そのようなモウギュウバズーカで、シンケンレッドは果たして、何をしようと言うのか。
「殿!?」
 何度も呼びかける彦馬に、シンケンレッドはそっと背を向けた。
「参る」
 最後にそう言うと、シンケンレッドは彦馬のもとから駆け出した。






 シンケンレッドは、窪みから少し離れた場所に立った。そして千明と流ノ介に、彦馬の場所まで下がるように指示する。そんなシンケンレッドを、千明が泣きそうな顔で見つめた。
「………丈瑠」
 千明の泣き声に、流ノ介が千明を見る。涙を堪える千明。その背に、流ノ介がやさしく手を当てた。千明が流ノ介を見上げる。
「仕方ないだろう。お前の気持ちは判るが、あれを、このまま放置はできない」
 流ノ介の言葉に、千明は唇を噛みしめる。
「殿だって、苦渋の決断だ」
 流ノ介はそう言うが、結局は最初に、丈瑠がしようとした通りになった、ということなのか。千明の丈瑠に対する想いは汲み取って貰えたのかもしれないし、それでよしとすべきなのだろう。
 しかし、千明は悔しくて堪らなかった。それは、自分に対してだ。
「俺って………マジ、役に立たねえよなあ」
 ぽそりと呟いたその言葉。
「丈瑠の足、引っ張るだけなのかなぁ」
 そしてぽとりと零れる涙。

 誰もが見守る中、シンケンレッドは窪みの底、まだ見えている根に向かって、スーパーモウギュウバズーカを構えた。
 シンケンレッドが引き金を引く。スーパーディスクと最終奥義ディスクのモヂカラが共振することにより、モヂカラは増幅し、ものすごいエネルギーとなって、モウギュウの銃口から飛び出していく。そのエネルギーが空気を切り裂き、根に到達する。
 多分今度こそ、枝垂れ桜は跡形もなく消滅するのだろう。そう思った。流ノ介も、千明も、思わず目を閉じる。しかし、彦馬だけは両目を開いて、枝垂れ桜の最期を見守っていた。丈瑠のことが心配でならなかったからだ。

 スーパーモウギュウバズーカのエネルギーが、枝垂れ桜に吸収されていく。
 すると、丈瑠以外は、誰も想像していなかったことが起きた。枝垂れ桜は消滅しなかったのだ。それどころか、あちこちに勝手に伸びていた若木が、ひとつにまとまり始めた。
 その桜の状況を確認しながら、シンケンレッドは次々とスーパーモウギュウバズーカを桜の根に打ち込んでいく。あまりに何発も爆裂音がするので、不思議に思った流ノ介と千明が、恐る恐る目を開く。そして目の前に展開された光景に驚いた。
 目の前には、丈瑠がモヂカラで根から引き出した幻に近い、枝垂れ桜の姿があったのだ。
 遥かに高い樹の上から、幾重にも垂れる枝。その枝にびっしりと着く白い桜の花。それが、スーパーモウギュウバズーカの爆風に煽られて、そこら中に花びらを舞い散らせていた。
「………えっ」
 それきり、本当に何も言えなくなってしまう二人。二人は目の前の出来事が信じられなかった。まさに夢を見ているような気分だった。もちろん、その二人の横に立つ彦馬も、黒子たちも同じようなものだった。
 しかし彦馬は、先ほど丈瑠が告げた
『大丈夫だ』
 は、こういう意味だったのかと知る。
 知るが、そこで彦馬を疑問が襲った。それは、誰もが今持っている疑問だ。

 どうして、スーパーモウギュウバズーカで枝垂れ桜は破壊されず、むしろそのエネルギーを吸収して成長までしているのか。
 いくら『変な』桜であっても、おかしいではないか?
 そして丈瑠は、何故、それを知っていたのか?

 彦馬が眉根を寄せた時、黒子の一人が、彦馬の袖を引っ張った。彦馬が振り返ると、彦馬の後ろに、三人目の黒子が来ていた。彦馬はその黒子に頷く。






 やがてかなりのエネルギーをスーパーモウギュウバズーカから吸収した枝垂れ桜は、十分な大きさになった。そのために、シンケンレッドはスーパーモウギュウバズーカを提げた。
 その瞬間だった。枝垂れ桜の枝が、シンケンレッドに向かって伸びてくる。
「えっ」
 これには、さすがのシンケンレッドも驚かざるを得ない。
 自分の周囲に伸びてくる枝の様子を、シンケンレッドは慎重に観察した。アヤカシではないのだから、攻撃はしてこないはず。しかし昨日のこともあるので油断はできなかった。シンケンレッドの周りを、ぐるりと枝垂れた枝が囲んだ。
「丈瑠!?」
 千明の声がした。
「?」
 シンケンレッドが振り返る。その瞬間だった、シンケンレッドの手からスーパーモウギュウバズーカがもぎ取られる。はっとして自分の手元を見ると、なんとシンケンレッドが周囲の状況に気を取られている内に、スーパーモウギュウバズーカにおびただしい枝が巻きついていたのだ。
「………あっ」
 シンケンレッドの手から奪われたスーパーモウギュウバズーカは、そのまま枝垂れ桜の上の方に持ち上げられて行ってしまった。スーパーモウギュウバズーカの行方を見つめるシンケンレッド。
「殿!!」
 そこに流ノ介が駆け寄って来た。
「ご無事ですか、殿!?」
「………ああ。だが、取られた」
 シンケンレッドは頷きつつも、視線は桜の枝の中に取り込まれたスーパーモウギュウバズーカを追っていた。
「まずいな」
 シンケンレッドの呟きに
「でもモヂカラないと、あれ、使えねえし。すぐにそれ判って、放りだすんじゃねえの」
 傍らにやって来た千明が応える。
「どうかな」
 シンケンレッドのその言葉に、流ノ介が目を見張り、千明が眉を寄せた。
「それは、どういう………」
 流ノ介が言い終わらない内に、それは枝垂れ桜の上の方で起こった。

 閃光が四方に飛ぶ。
 それは、あきらかにスーパーモウギュウバズーカのモヂカラの込もったエネルギー弾だった。さらにそのエネルギー、モヂカラは、枝垂れ桜の中で吸収されているらしく、枝垂れ桜が、再び、大きく空に向かって伸び始める。

「ど、どういうことなんだよ、これ………」
 千明が呆然と枝垂れ桜を見上げた。
「どうして桜の樹が、スーパーモウギュウバズーカを扱えるんだよ!?それって、桜がモヂカラを使えるってことかよ?」
 呟く千明の横で、流ノ介が険しい顔をしていた。
「おい!丈瑠!!お前、何か知っているんだろ!?」
 シンケンレッドに詰め寄る千明。しかしシンケンレッドは、相手にしない。何を考えているのか、ただじっと、枝垂れ桜とスーパーモウギュウバズーカの様子を見上げていた。
 そしてまた流ノ介が、そんなシンケンレッドの様子を、険しい表情のまま見つめていた。



 













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2010.07.14