春 愁  24






「殿」

「殿」

 どこかから聞こえてくる声。
 その声を耳にするだけで、心がほどけていくような温かい声。

「殿」

 うっすらと瞳を開けると、暗がりの中で彦馬が自分を覗き込んでいた。
 もう夜なのだろう。思い出すだけでも腹がたってくる会話を千明としていたのは朝だったから、半日以上気を失っていたことになる。
 丈瑠はぼんやりと思った。
 いや、気を失ったと言うより、ただ寝ていただけか?
「……爺」
 まだ身体も頭も重かったが、激しい痛みも無く、気分はかなり良くなっていた。
「千明のせいで熱がぶり返したようですな」
 起きようとする丈瑠を、彦馬が支えた。
「でも良くお休みになられましたので、大分楽になられたのではありませんか?」
 今朝起きたときはミイラ状態で身動きもままならない身体だったが、今は本当に怪我をした部分のみの包帯になっていた。寝ている間にも何回か包帯を取り換えたのだろう。
「別に千明のせいじゃない」
 丈瑠は何の遠慮もなく彦馬の腕に重い身体を預け、目を瞑る。頭がくらくらするが、それが何故か心地よい。
「果物でもお召し上がりになりますか?」
 丈瑠は応える代わりに、彦馬の腕に顔を伏せる。そんな丈瑠の背に彦馬は腕を回し、丈瑠の上体をすっぽりと抱え込んだ。まるで幼い子供を抱きかかえるように。その様子に黒子たちが頭巾の下で微笑み、暖かい空気で部屋が満たされる。
 丈瑠の傷ついた身体に、彦馬の高めの体温と黒子たちの醸し出す柔らかい雰囲気は気持ちよかった。
「それともお食事になさりますか?薬膳粥ができておりますぞ」
 彦馬がそう言いつつも、黒子が差し出してきたのは、人肌ほどに暖かいミルクだった。
「………ん」
 彦馬の腕の中で目を瞑ったまま、黒子が傾けてくれるカップからゆっくりと飲む。ほんのりと甘いのは蜂蜜が入っているためだろう。

 それほど食事をしたい訳ではなかった。
「粥を………食べる」
 でも食べねばならない。
 一刻も早く、身体を正常な状態に戻さねばならないのだから。次にいつアヤカシが出てくるかわからないことを考えると………

 そう思っていると、彦馬が静かに告げた。
「殿、体調が戻るまで、アヤカシのことは一旦お忘れください」
 いつものことではあったが、彦馬は本当に自分の心を読んでいるかのようだ、と丈瑠は思う。
 しかし、アヤカシのことを忘れろとは、どういった了見なのか。重たい瞼を開け、怪訝な顔で間近の彦馬を見上げる丈瑠。彦馬はそれににっこりと微笑んだ。
「千明の父上と連絡が取れました。千明の父上は当分アメリカでの仕事が続くそうでしてな。今回の行き倒れのようなことがまたあると困りますから、千明の父上が帰国するまでの間、日常生活の監視も兼ねて、千明を志葉家で預かることになりました」
「………そう…か」
 なんとなくモヤモヤしたものを感じる彦馬の言葉。
「しかし………千明がうちにいることとアヤカシに、何の関係がある?」
 丈瑠にしてみれば、答えの予想はついていたが、そうであって欲しくなかった。
「千明が来たからと言って、アヤカシがでなくなる訳ではないだろう」
 そこで彦馬がコホンと咳払いをした。
「そういうことではありません。殿が回復される前にアヤカシが出たら、まずは千明を戦闘に出すと言うことです」
「っ………」
 丈瑠が顔色を変えたことに気づかぬふりで、彦馬は続けた。
「ドウコクとの闘いを経て、千明も本当に強くなりましたからな。単独でもアヤカシの相手はできるでしょう。もちろん黒子たちが万全のサポートを致しますし」


 一瞬の間があった。
「馬鹿な!」
 まだ、どこかぼんやりとしていた丈瑠だった。だが今の会話で、はっきりと目が覚めた。
「千明を行かせられる訳がないだろう!」
 彦馬の腕から身体を起こし、改めて彦馬に向き合う丈瑠。その瞳はしっかりとした光を放ち、もうすっかり志葉家当主・志葉丈瑠としてのものとなっていた。
「千明を一人で行かせる云々じゃない!!そもそもあいつを闘いに巻き込むこと自体がおかしい!!」
 声を荒げる丈瑠に、彦馬は静かに告げる。
「外道衆との戦闘に参加する、または殿が不在やお怪我をされた場合は一人で戦闘に当たることもある……と、これらについては、千明自身も千明のお父上も同意しております。ですから……」
「同意したから良いというものじゃない!」
 丈瑠は彦馬をきつく睨みつけた。
「百歩譲って、千明の志葉家逗留を認めたとしても、そんな同意をさせるな!!」
 丈瑠は唇を噛みしめる。
「千明も含めた侍たちは……そうだ、これは千明だけはなくて流ノ介も茉子もことはも同じだ。ドウコクを倒すことによって、あいつらは既に当代の役目は果たした。これからは本来の自分の人生を生きて行くべきなんだ。もう自由に好きな道を歩んでいいんだ」
「……殿」
 丈瑠は睨んでいた彦馬から視線を外した。
「……もし……もし千明がアヤカシとの戦闘に出て、それで……怪我でも負ったらどうする?」
 丈瑠は今度は彦馬から顔自体を背けた。
「受験勉強が遅れて、来年の大学入試に失敗するかも知れない。いや、アヤカシとの戦闘があるというだけで、怪我していなくても、勉強への集中度は下がるだろう。千明はそういう奴だ。さらに酷い怪我を負えば……普通の生活だってできなくなるかも知れない」
 彦馬が優しい瞳で丈瑠を見つめる。
「そんな、千明の人生を左右するようなことに千明を巻き込めないと?殿はそう思われておられる?」
 丈瑠は勢いよく彦馬を振り返った。
「そうだ。当たり前だろう。このことについては、爺にも何度も言ったはずだ。それをまた……」
 彦馬は微笑む。
「そうですか。しかし、それでは困りましたな」
 彦馬はそういうと腕を組んで天井を見上げた。しかし、言葉とは裏腹に彦馬の声は明るかった。丈瑠は恨めし気に彦馬を見る。
「爺を困らせるようなことにはならない。今まで通り、俺が外道衆すべてに対応する。この程度の怪我、たいしたことない」
 丈瑠はそう言うと、布団を跳ねのけた。そして立ち上がろうとする。黒子が大慌てで丈瑠に助けの手を差し出す。
「いえ、そういう話ではなく」
 しかし彦馬は落ち着いた様子で座ったままだった。腰を上げようとした丈瑠だったが、さすがに傷が痛いのか、動きが止まる。丈瑠は顔を歪ませながら彦馬を見た。
「では、どういう話だ?」
 それに彦馬はにっこりと微笑み返した。
「殿のお望みの通りにいたしますと、かえって、千明自身が望むこれからの人生なるものが、千明から遠ざかってしまいますので」
「えっ?」
 やせ我慢をしていた丈瑠が再び布団に腰を下ろす。
「どういう意味だ?」







 丈瑠が布団に座って彦馬と差し向かいになる。彦馬もまた、丈瑠に正面から向き合った。
 彦馬の顔から先ほどまでの微笑みは消え、ぐいと丈瑠を見つめる。彦馬は何を言い出そうとしているのだろう?自然と丈瑠の表情も引き締まる。
「志葉家家臣としての覚悟です」
「………えっ?」
 丈瑠が戸惑う。
「千明も、そしてもちろん流ノ介も、志葉家家臣としての覚悟をしていると言うことです。志葉家家臣の覚悟とは言うまでもなく、志葉家当主とともに外道衆と闘い、この世を守ること。自らの命を賭してでも闘い続けることです。怪我を恐れている者などおりません。それこそが、彼らが自由意思で選んだ、彼らの望む人生なのです」
 彦馬の言葉に、丈瑠の顔が歪む。
「しかし今、殿だけが、それを拒んでおられる」
 丈瑠は首を振りながら、彦馬の言葉を遮る。
「爺、志葉家家臣として侍たちの覚悟が必要だったのは、ドウコクがいた間のことだ。今は状況が………」
 しかし、彦馬は丈瑠にそれ以上喋らせなかった。
「これではまるで殿だけが、覚悟ー『志葉家当主としての覚悟』が足りない………かのように、見えますな」

 久々に聞いた彦馬のいやみだった。
 しかし、このタイミングで言われることに丈瑠は納得がいかない。

 暫しの沈黙があった。
「爺。俺は………俺の覚悟は………一人で外道衆と闘い、一人で勝つことだ。ドウコクとの闘いは終わった。家臣を招集する前と同じだ。今は俺一人で対処すべきなんだ」
 もう何度となく言ってきたことだ。この言葉の後、いつも話はどこかに逸れていってしまう。そう思いながら言葉を紡いだ丈瑠だったが、この夜は違った。彦馬が食い下がってきたのだ。
「殿の仰ることは、志葉家当主としての覚悟ではありませんな」
 丈瑠が目を大きく見開いた。こんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかったのだ。そして腹がたってきた。丈瑠は彦馬を睨むが、彦馬は動じない。
 丈瑠はごくりと唾を飲み込んだ。
「………どこが………だ」
 いつもとは違う展開になったと思いながら発した丈瑠の言葉に、彦馬は大きく頷いた。それはまるで、かつて幼かった丈瑠に日々教え諭していた頃のように。

「志葉家当主は、シンケンジャーを率いて外道衆と闘い続けて行かねばなりません。それは絶対に『しなければならぬ』ことなのです。しかし殿はそれを拒まれる。今の殿はご自分のことしか考えておられないからです」
「それは………」
 あまりにも不本意な言われように
「どういう意味だ!?」
 最後の言葉は怒声に近くなった。
 しかし彦馬は少しも動じない。
「違うと仰るのであれば、こう言い換えても良い。殿は、今現在にのみ限定した『志葉家』のことしか考えておられない」
 思いがけない彦馬の言葉に、丈瑠が目を見張った。
「しかし、志葉家当主となれば、遠い未来まで続く志葉家と、家臣としてのシンケンジャー、その家や血筋の行き先のことも考えねばなりませぬ」

 彦馬の言葉は、丈瑠の頭にすんなりと入ってこない。丈瑠は目を瞬く。
 彦馬は、丈瑠の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「千明も流ノ介も、ドウコクとの闘いが終わったからと言って、志葉家家臣でなくなる訳ではありません。さきほども言いましたように、家臣には家臣の覚悟があります。それを受け入れられないのは、殿に志葉家当主としての覚悟が足りないから………と言っても良いでしょう」
「違う!」
「そうですかな」
「そうだ、違う!!」
 丈瑠は叫んだ。
「俺は、流ノ介たちに、心から望む自分だけの人生を生きて欲しいんだ。志葉家に縛られた生活はして欲しくない。このことと当主の覚悟は関係ないはずだ!いや、志葉家当主として、家臣が闘わなくても良いほどの強さを得たいと思っている。これが俺の当主としての覚悟だ」
「殿、お判りにならないようですので、何度でもいいますぞ。志葉家当主は、未来永劫、外道衆と闘うために、家臣の人生、生死までをも引き受ける。それが志葉家当主です。それこそが、志葉家当主の覚悟です」
「長い!!同じことを何度も言うな!判っている!!」
「いーえ、殿は判っておりません」
「判ってる!」
「判っておりません。殿は、殿の後に続く志葉家や家臣のことを考えておられない。今の志葉家だけではなく、永久に続く志葉家のことも考えなければなりません」
 丈瑠はもう一度目を瞬いた。
 丈瑠にも、彦馬の言いたいことがやっと判ってきたのだ。
「………丹波の、いや、姫…母上の言ってたことか………」
 彦馬が深く頷いた。
「………そうか」
 丈瑠はしばらく考え込んだ。
「俺の代で、外道衆を完全に根絶やしにできる訳じゃない。そうだとしたら………」
 丈瑠は彦馬を見るでもなく呟く。
「残念ながら、外道衆は根絶やしにできるモノではないのです。外道衆からこの世を守るには、永遠に闘い続けるほか術がないのです」
「……そうか」
 外道衆との闘いは、丈瑠が生きている間だけの話ではないのだ。
「殿は幾代も続く志葉家当主の一人ですが、殿より前のご当主たちが死闘を繰り広げてきたように、殿の後に続く未来の志葉家当主も、それぞれがいつか必ず、殿や流ノ介たちが経験したのと同じような厳しい闘いを外道衆とすることになるでしょう」
「ああ、そうだな」
「その時に、家臣たちがいない、シンケンジャーが結成できない、というようなことがあってはならないのです」
 丈瑠は半分、上の空になっていた。
「それを考えましたら、常に家臣の血筋にも気を配り、家臣と共に在らねばならないのです。当主一人で対処できるものではないのです」
 影武者だった丈瑠には、無縁の話だった。今、丈瑠が真の志葉家当主になったからこそ、必要な話だった。

 しかし、丈瑠は別のことを思い出していた。
 まさしく、今言われたのと同じことを既に聞いていたではないか。







 僅か数ヶ月前の話だ。
 ドウコクの封印に失敗した志葉薫に呼び出されたあの晩のことを。

 今の丈瑠と同じように全身に包帯を巻いた薫は、布団の上で自らの敗因を丈瑠に告げた。
「自分だけで志葉家を守り、封印までなど………間違いだった」
 絞り出すように出された結論は
「一人では駄目だ」
 だった。
 志葉家の重圧に一人で耐え、一人で鍛錬を積み、一人で闘ってきた志葉薫。それら全て、完璧にこなした薫だからこそ言える、心の底からの言葉。
 ドウコクに封印の文字を破られ、長年の希望も自信も打ち砕かれたばかりでも、薫は自分を憐れむことにいささかも時間を費やすことはなかった。あの時、薫が考えていたのは唯一、次の一手だ。ドウコクに勝つために、志葉家当主としてできる最善は何かを探っていたのだ。
 重傷の床に在ってさえ、凜々しくも潔い、まさに真の志葉家当主としての薫だった。

「自分だけで志葉家を守るなど、間違いだった」「一人では駄目だ」

 そうだ。真の志葉家当主とは、あのように考え、あのように振る舞うものなのだ。
 そしてあの時、そんな薫に丈瑠は何と応えたというのか。
「俺も、やっとそう思えるように………なりました」
 そう応えたのではなかったのか?
 本当は、薫が言った言葉の意味の深さなど、少しも判っていなかったのに………
 きっとそれを薫は判っていた。でも薫は微笑んでいた。あの微笑みはなんだったのだろう。

 さらに、その記憶とすれ違うように、もうひとつの風景が浮かんできた。
 真っ青な空の下、晴れ晴れとした顔の薫が、はっきりと言い切った。
「丈瑠、志葉家を頼む。ドウコクを倒したとは言え、三途の川が在る以上、志葉の当主は必要」
 そして、それに小憎らしい丹波が続く。
十九代は頼みますぞ、ご当主」







 丈瑠の頭の中を、薫と丹波の記憶が巡る。
 志葉薫も丹波も、常に自らを、長き志葉家の流れの中のひとつとして捉えていた。それが当たり前のことだった。

 丈瑠が、薫や丹波に任されたのは『志葉家』の『十九代目』
 それは、脈々と続く志葉家の流れの、ある一つの点でしかない。
 影武者だった丈瑠には、この十九代に来るまでの志葉家当主に想いを馳せることがあったとしても、それは、志葉家の流れの中に自らを置くというような考え方ではなかった。
 判ったつもりでいたけれど、未だ影武者の時からの意識が抜けていなかったのか。他の代からの繋がりを断ち切られた、単独の志葉家当主という想いが、拭いきれていなかったのか。

 だが今、本当の志葉家当主になったからには、志葉家の存続と共に、家臣たちの存続も考えなければならないのだ。それは、今の家臣を危険から遠ざけるというような単純なことで成し遂げられる話ではないのだろう。常に、自分がシンケンジャーであり、志葉家家臣であるという宿命を意識し、緊張感を持った中でしか、存続し得ないものなのだ。
 遙か何百年もの昔から、志葉家当主も志葉家家臣も、そういう風に生きるより他に、志葉家とシンケンジャーを存続させる方法は見つけられなかったのだ。
 丈瑠がどれほどに強い力を得ようとも、完全無敵の当主になろうとも、この問題を避けて通る訳にはいかない。丈瑠が永遠の命を得て、未来永劫、外道衆を倒し続けるということにでもならない限りは。

 その瞬間だった。
 丈瑠の頭そして顔面を、頭上から一直線に誰かに切り下ろされたような衝撃が閃光と共に走った。

 丈瑠は宙を見ていた瞳を瞑り、ゆっくりとうつむいた。
『未来永劫、俺が外道衆を倒し続ける?』
 丈瑠のどこかで、この言葉が引っかかった。
 絶対に実現不可能な、このこと。
『未来永劫、俺が外道衆を倒し続ける?』
 いや、本当に実現不可能なのか?
 丈瑠の心の底の、さらにその下が疼く。

『人間には不可能かも知れないが、まさしく、そういうモノを俺は知っているじゃないか?』

 丈瑠の心の最底辺のその下で、何かがじわりと蠢く。
 そう。
 人間だったが、永遠の命を得て、闘いに明け暮れていたモノを、丈瑠は知っている………







 長い、長い時が流れたような気がした。
 闇の中、宇宙の深淵にも似たそこで、永遠にも近い時間が過ぎ去った気がした。

 丈瑠は悟った。
 本当は、自分がどこに向かおうとしていたのかを。
 志葉薫とは、絶対的に異なる自分の立ち位置を。

 思わず身震いをしそうになる。しかし実際には、丈瑠は身動ぎひとつしなかった。果てしなき長い時間に思えたものも、ものの数十秒でしかなかった。
 そう、決して気取られてはならない。丈瑠はうつむいたまま、ゆっくりと瞳を開けた。見えたのは、布団の上の寝間着に包まれた自らの脚のみ。暖かい光に包まれた、優しい色の世界。だが、その世界は全てが暗転しているように見えた。


 丈瑠は次に、ことさらにゆっくりと顔を上げた。
 目の前には、優しい眼差しを自分に向けている彦馬がいる。
 黙り込んでいても、じっと丈瑠が考え終わるのを待っていてくれる黒子たちもいる。
 彼らの信頼を一身に受ける丈瑠は、例え、自らの想いがどうであれ、立ち位置がどこであれ、志葉家当主としてあるべき姿で在らねばならない。

「………判った」
 言葉短かに丈瑠は言った。
「千明のことは許可する」
 まるで自分の声とは思えない。しかし、丈瑠の言葉を聞いた彦馬と黒子たちは、それは嬉しそうだった。
「それでは、殿は、何のご心配もなくお休み下さい。あ、桃でももって参りましょうか。流ノ介の実家から届いておりましてな」
 黒子たちに、再び布団に寝かされる丈瑠。
 横たわる丈瑠を見守る彦馬。







 丈瑠は、深い闇をたたえた瞳で、ただ傍らの彦馬を見つめ続けた。

 もし世界が暗転しても、彦馬だけは変わらない。
 彦馬だけは闇の中でも暖かい光で彩られている。
 それを見ると丈瑠は安心する。
 丈瑠は無意識のうちに、布団から手を出すと、傍らの彦馬の方に伸ばした。すぐにそれに気づいた彦馬が、何の躊躇いもなく丈瑠の手を取る。彦馬の柔らかな光が、繋いだ手から丈瑠の腕にじんわりと伝わってくる。
 身体の内から暖かくなるような、彦馬の手と光。
 それは、いつでも丈瑠を深い闇からすくい上げてくれる。

 やがて丈瑠は、彦馬の手を胸に抱いたまま、再び、眠りの底に堕ちていった。









小説  次話






2019.2.20


丈瑠がやっと、流ノ介や千明の思いを受け入れる気になった………のか?
何か、まずい方向に流れが変わったような気も?(ToT)


雑記でお約束した更新、してみました。
今までの春愁の中で一番長い話になってしまった ORZ

なんと言いますが………
あまりに久しぶりで、お話を書く脳が動かない?
その上、脳内キャッシュメモリーがぶっ壊れている?
リハビリが必要かも知れないです………

それとも単なる老化か?