「千明」 舞台の真中にへたりこんだ千明の背中に声が掛かった。 振り返ると、そこには源太が立っていた。 「源ちゃん〜!!」 思わず源太に縋りついてしまう千明。 「もう、死ぬかと思ったよ〜!!流ノ介、俺の言うこと、全然聞いてないし。やってらんないよ!!」 半べそを掻く千明に、源太が笑って応える。しかしその後、源太の表情がいきなり真面目なものとなった。 「しかし、『銀河英雄伝説』………か」 源太はそう言うと、千明の横に座り込んだ。そして千明と共に、舞台の端でもめている丈瑠と流ノ介の姿をみつめる。丈瑠は抵抗しているが、多分、流ノ介のしつこい説得から逃れることはできないだろう。 しばらく、彼ら二人の姿をみていた源太だったが、やがてぽつりと呟いた。 「丈ちゃんが主役って、ヤン・ウェンリーなのか?」 源太の意外な言葉。千明は、あまりの驚きに、源太の顔をまじまじとみつめる。 「源ちゃん、原作知ってるの?」 それに源太は頷いた。途端に、千明は右手に拳を作って、天に向かって突き出す。 「やったーーー!!すっげー心強いよ!源ちゃん、頼むぜ!」 そのまま源太に抱きついた千明は、同士を得たとばかりに、満面の笑みだった。しかし源太の表情は、浮かないままだ。 「え?何よ、源ちゃん?」 不審に思った千明が尋ねると、源太もやっと重い口を開く。 「そっか。あれを………やるんだ」 それは、どう聞いても、やりたくなさそうに聞こえた。 「………えっ?」 それきり、何も言えなくなる千明。二人は黙り込んだ。それでも、源太のフォローは入らない。 やがて沈黙に耐えられなくなった千明が、絞り出すような声を出した。 「………あ、あのな、源ちゃん」 「丈ちゃんには似合ってないな、全然」 源太の意外な言葉に、思わず息をのむ千明。そんな千明を、源太が覗き込んできた。 「千明は………丈ちゃんにヤン・ウェンリーみたいになって欲しいのか?それは、無理じゃねぇかと思うんだが」 そこで千明は気付く。源太の最初の問いに、答えていなかったことに。 千明は慌てて、首を振った。 「あ。違う違う。そんなの無理なの、判ってるし。丈瑠にヤン・ウェンリーなんか、求めるわけないじゃん」 源太が驚いた顔をした。千明は微笑み返す。 「話はキルヒアイスが死ぬとこまでで、舞台は帝国側オンリーなんだ。だから丈瑠はラインハルトの方。ヤン・ウェンリーは、うわさ話にしか出てこない」 源太の険しかった表情が一気に緩む。 「………ああ。そういうことか」 改めて、源太は頭の中に、丈瑠=ラインハルトをイメージしてみる。 「なるほど、ねえ」 顎に手を当てて目を瞑り、ひとり頷く源太。それを千明が、固唾をのんで見守った。 「なんとなーく、判ったわ。千明がイメージしていること」 「な?丈瑠のラインハルトって、いい感じじゃねぇ?俺、正月にこの舞台を見に行ってさ。すっげー楽しかったんだよね」 千明は嬉しそうだった。源太が自ら言葉を発するのも待てずに、源太の感想を聞こうとする。しかし源太の額に刻まれたしわは、そのままだった。 「そうだなぁ………ラインハルトを丈ちゃんが演る………ってのもな。んーーーなんか、トラウマになりそうな気もしてきたなぁ」 千明がそれなら大丈夫!と親指を突き立てた。 「丈瑠の台詞は、もう全然削ってあるから、心配しなくていいよ。源ちゃんは台詞いっぱいあるから、頑張って貰うけどね」 それを聞いた源太が、苦笑した。 「いや、丈ちゃんが台詞おぼえられねぇ、とか。舞台で立ち往生、とか。俺の言ってるのは、そういうことじゃねぇんだ」 「えっ?」 目を瞬く千明。 源太は、どこか遠いところを見つめるように、視線を能楽堂の天井に向けた。 「丈ちゃんは、事前に台本さえ渡せば、台詞回しの上手い下手は別として、やることはやるだろ?」 「あ、ああ。うん。そうかも………な。」 源太の意外な洞察に、千秋は驚いた。 確かに、丈瑠はやると決まったら、何にでも全力を尽くす。他人に迷惑をかけるのが大嫌いな丈瑠なのだから。それなのに、丈瑠の台詞や動作を大幅に削ってしまった千明。 「そっか………そうだよな。削らなくても、良かったのか」 千明が悔しそうに唇を噛んだ。本当は、丈瑠にもいろいろ喋らせたかったのだが、どうせ、やりきれないだろうと思っていたのだ。 「でも今からじゃ………間にあわねぇよな、台本を元に戻すの………」 そこで千明は、はたと気付く。 「えっ?じゃあ、どういう心配してんだよ、源ちゃん」 源太が心配するようなことが、他に何かあるのだろうか。全く予想がつかず、首を傾げる千明。 源太も、どう言うべきなのかと、首をひねる。 「………丈ちゃんに、あの、ラインハルトを演らせて大丈夫なのか………ってことなんだが」 しかし、これでは、千明には通じなかったようだ。 「えっと………丈瑠がラインハルトだってことが………問題?」 ますます疑問いっぱいという顔で、源太を見つめ返してくる千明。 「う〜ん………じゃあ言い換えると、それが………千明の狙い、なのか?」 反対に、疑問を投げ返す源太に、千明は目を丸くした。 「つまり、丈ちゃんにラインハルトを演らして、丈ちゃんに何か起きるのを期待している?」 これには、千明の目がますます、まん丸になった。 「ああ………」 しかし、しばらくの沈黙の後 「う〜ん。まあ、そんなとこ………かもな」 と、千明は答えた。そして、やはり源太の洞察力に驚く。千明自身も、ぼんやりとしか考えていなかったこと。それを、言われたのだ。 「さすが源ちゃん!判ってんじゃん」 千明はそう言うと、源太の背中をばんっ!と叩く。 今の今まで、誰にも理解してもらえることもないと思っていた、この演劇を丈瑠とみんなで演る意味を、源太だけが理解してくれたのだ。それも、台本も渡さない内に。 「流ノ介も、姐さんも、全然判ってくれてないのに、源ちゃんすごい!!」 千明が嬉しそうに笑うが、源太の顔は、笑っていなかった。 「俺は原作知ってっから、判るだけだ。けど………やっぱ、よくわかんねぇ…んだよな」 源太が、頭を掻く。 「丈ちゃんはラインハルトみたいには………絶対にならないだろ?」 「………え?」 「なってもらっても、困るんじゃないか?それに、丈ちゃんとラインハルトって、根本的に違うし」 千明は眼を見開いた。 「え………え?そ、そうかな。似ている部分もあるんじゃないか?凄く強い所とか。ほら!ラインハルトって『獅子帝』だし。真紅の旗印だし………シンケンレッドっぽくね?」 言い訳しようとする千明の言葉を聞かずに、源太は続けた。 「丈ちゃんは、自分に関することの全てを振り棄てて、人を守るために闘ってきた。自分のためだけに自分を守るなんてことは、多分、考えたこともないだろう」 「あ………うん」 源太のその言葉を聞いた瞬間、千明の頭に浮かんだのは、志葉家に招集されて間もない頃の闘いにおける、丈瑠の姿。 負傷し倒れ伏したことはを気遣うどころか、切り捨てようとする丈瑠の言動に、誰もが猛烈な反発を覚えた、あの時。 けれど丈瑠は、何事もなかったように、独り、闘いの中に身を投じる。丈瑠以外、誰も気付くことのなかった、戦闘の場に迷い込んだ少女を助けるために。 あの時、丈瑠は少女を胸に抱いたまま、背負い込んだシンケンマルでアヤカシの剣を受け流した。外道衆との闘いの中で、何度か目にした、丈瑠の守りの動作。でもそれは、決して自分を守るためではなく、自分が守るべきものを守り通すための技だった。 あのような技は、丈瑠に会うまで、千明はみたこともなかった。敵を倒すことももちろんだが、人を守ることを信条とする丈瑠だからこそ、自らの命は背中のシンケンマルの薄刃一枚に託し、その全身は少女を守ることに捧げるような技があり得たのだろう。 あれは丈瑠が自ら生み出した技なのか。誰かから授けられた技なのか。それはわからない。 しかしあの技は、ただ、闘うための技ではない。この世界と人々を守るために、命ある限り外道衆と闘い続ける。そんな辛くも哀しい宿命を、真っ直ぐに受け止める志葉家の当主。その志葉の当主としてしか、存在し得ない技なのではないだろうか。 「丈ちゃんは、信じられないほど、ストイックだからな………」 千明は、源太の言いたいことが、薄々判ったような気がした。 「………うん。そうだな。そうだけど………」 それでも、千明は、どこか丈瑠とラインハルトが似ていると思っている。 ストイックすぎるからこそ、その度が過ぎた時に、道を踏み外してしまいかねない危うさがある。そう言いたいのだが 「キルヒアイスが死ぬところまでのラインハルト………ねぇ」 千明の言葉に被せて、源太は顎に手を当てて、しみじみと語り始めてしまった。 「俺の印象で言っちまうけどな。ラインハルトは、途中で論理をすり替えて正当化していたけど、結局は、幼稚な自分の欲望のために、自分自身ではなく、部下や兵隊を動かして闘っていた。チェスのゲームしているみたいに」 源太のラインハルト評は、かなりの辛口だった。 「同じ将でも、闘いの真剣味や責任感は、シンケンレッドと比べるべくもない」 千明は、言わずにはおられない。 「源太は、ラインハルトのこと、好きじゃないんだ?」 しかし源太は、それに肩を竦めただけだった。そして、真面目な顔に戻る。 「丈ちゃんは、自らの身体を盾にして、現場で闘ってんだぜ。それは、ゲームでもなけりゃ、戦績をあげるためでもない。一回一回が、生死の分け目の戦いだ。それに、自分が殿さまだから、戦績を上げても、褒美も貰えないし、誰からも褒めてもらえない。それでも丈ちゃんは、一人になっても闘う。人々を救うことに対する見返りなんか、何ひとつ求めてない。やっぱ、違うだろ。根っこが全然、違う」 千明は眉を寄せる。 劇場で観た芝居に魅せられたのは、事実だ。しかし言われてみれば、確かに両者は、似ても似つかないのかも知れない。 「ラインハルトは、自分で皇帝のあるべき姿を造ろうとした。丈ちゃんは、既にある志葉の当主の枠組みに相応しくなろうと、日々、必死に修行を積んでいる。でも、その丈ちゃんの『理想的な志葉の当主でありたい』って姿勢の方が、俺にはすげーと思える。家来になるにしたって、領民になるにしたって、ラインハルトより丈ちゃんの方が断然いい………俺はそう思う」 千明は俯いてしまう。 確かに、ラインハルトと丈瑠では、同じ道を踏み外すにしても、踏み外す原因が違うのかも知れない。そうすると、千明の考えた劇は、意味がない、どころか、丈瑠を貶めるものなのだろうか。もしかしたら、止めた方がいいのか? しかし、そんな千明の肩を、源太が軽く叩いた。 「源ちゃん」 振り返る千明の眼は、微かにうるんでいた。それに源太が笑って応じる。 「まあ?それでも、やってみても悪くはねぇと思うよ?俺は、ラインハルトより丈ちゃんの方が凄げぇって思ってるから、ラインハルトになぞらえると引っ掛かる部分もあるんだが、それとこれとは別だ」 源太はそう言ってウィンクする。 「お遊び、息抜きでもあるんだろ?それで、千明の思惑通りに、丈ちゃんが何か感じるかどうかは、わからねぇけどな。丈ちゃんが、いつかは向きあわなくちゃならないことなら、それが今でもいいんだろうし………」 千明は俯き加減のまま、上目がちに源太の顔色を探った。 「………そうかな。本当にそう思ってんのかよ」 「せっかくみんな集まったんだ。顔合わせてサヨナラ!で、終わるよりは、イベントがあるのはいいと思う。うん!」 源太は大げさに頷いた。素直な千明は、それにほっとする。 目尻の涙を腕で拭うと、千明は、無理やり笑顔を造った。 「うん。じゃあ、やっぱ演るわ」 とりあえず、ここまで来たのだ。何が起きるかは別として、とにかく、みんなで一緒に演ろう。それが大事なんだ。千明は、そう思うことにした。 しかし、この時。 本当にとんでもない事態が発生してしまうとは、台本を書いた千明も、最終的に、陰の功労者になる源太も予想だにしていなかった。 「頑張れよ!」 「だから、源ちゃんにも頑張って貰わないと、困るんだってば!」 源太の背中をバンッと勢いよく叩いたところで 「………アレ?」 初めて、千明は気付く。 千明は、源太の周囲に目を走らせながら、首を傾げた。 「源ちゃん、ダイちゃんどうしたんだよ?なんか、源ちゃんがいる割に静かだなぁ………って、さっきから思ってたんだよ」 源太は、そこでいきなりしょんぼりとした顔になった。そして、がっくりと肩を落とした状態で、舞台の縁を指差す。千明がそちらに顔を向けると、そこには、ダイゴヨウが大人しく座っていた。と言うより、そこに置いてあった。 「え?ダイちゃん?なんで、あんなに静かなんだ?」 いつも飛びまわっているか、何か喋っているダイゴヨウしか知らない千明は驚いて、源太を見上げる。 「またけんかでもしてんのかよ!?ダメじゃん!!」 しかし、それに源太は首を振った。 「なんか………変なんだよな。ダイゴヨウに新たな機能を追加したんだけど、それからずっと調子悪くって………」 「調子悪い?ダイちゃんが?」 千明も顔を曇らせた。千明にとってもダイゴヨウは大事な友達だ。 「ん。本人は、ただ計算しているだけだから、ほっとけって言うんで、ほっといてるんだけど。どーも納得いかねぇ」 しょんぼりしつつも、どこか怒っているような源太だったが、自分がしたことでダイゴヨウの調子が悪いので、自分に対して怒っているのかも知れなかった。 しかし、科学に関しては、天才と言っても良い源太のことだ。ましてや、自ら作成したダイゴヨウで、源太がそんな失敗をするとは、千明には思えなかった。 「どうして納得いかないんだ?ダイちゃんが計算しているだけって言うなら、そうなんじゃないの?」 そういう意味では、千明は、全幅の信頼を源太に寄せているのだ。 一方、源太も『追加機能が失敗している』ということが納得できていないらしく、うんうんと頷く。 「そうは思うんだが。他の機能が全停止するような計算、そうそうある訳ないからなぁ。結果も出しやがらないし、あいつ!」 恨めしそうにダイゴヨウの背中を睨む源太。 千明は少しでも力になりたくて、源太の下がっていく頭を撫でながら質問する。 「それで、どんな機能を追加したんだ」 「地球の大地や大気、海流の動きとか、地球周辺の状況………月の重力とか、地球周辺の重力場、太陽からの宇宙線とか………まあ、そういうのを、世界中の天文台や大学、場合によっては軍関係の公開されているデータから計算して、僅かな変化でもあったら、さらに詳細に調べていく機能だ。ゴセイジャーのデータスが、敵の悪だくみを事前に察知するために持ってた機能を分析させてもらって、付け加えたんだ」 おもしろそうな機能だな、と千明は思った。 「なんか、凄ぇ機能じゃん?それだったら、やっぱりダイゴヨウは壊れているんじゃないくて、計算しているんだと思うけどナ」 「だから、何を?」 瞬時に頭を上げて、源太が訊いてきた。 「………わかんないけど………えーーーデータスに倣って言えば、敵の悪だくみ、かな?」 「………外道衆か?それなら、隙間センサーは?鳴ってないけど?」 さすがに、これが千明に判る訳がない。 「ははは………じゃあ、外道衆以外の新手の敵………ってことで『銀河英雄伝説』もやることだし、銀河帝国の襲来とか、どうよ?」 千明の返答を訊いた源太は、 「俺たちは、自由惑星同盟だったのか………」 と呟くと、そのまま床に突っ伏してしまった。 一方、千明たちのいる舞台の、奥の端の方では。 「素晴らしいじゃないですか!?それこそ、この能楽堂に相応しい出し物です」 流ノ介が、二年前からの、変わらぬ熱さでわめいていた。 「流ノ介、さっき裏で話してたのと、約束が違う………」 丈瑠が文句を言うが、流ノ介はそれに余裕の顔で応えた。 「いいえ、殿!千明がなにか殿に無理難題をふっかけているのかと、私は勘違いをしていたのです。ですから、止めなければと思っていました」 「だから、無理難題だろうが!?」 丈瑠が悲鳴に近い声を上げた。 「俺に!この俺に!!芝居をやれって言うんだぞ!?」 唇を噛みしめて、流ノ介を睨む丈瑠。 「出来る訳ないだろ!!」 「いいえ!」 大事な殿さまが辛そうにしているはずなのに、全く意に介さない上、瞬時に反論する流ノ介。それどころか、説得に熱心なあまり、一歩、また一歩と前に出て、いつのまにか、舞台の壁際に丈瑠を追い詰める形にまでなっていた。 「千明も申しておりましたでしょう。殿が主役ではありますが、やることの殆どない役でもある………と」 能楽堂の松の壁を背にして、もう逃げる場所もない丈瑠に詰め寄る流ノ介。しかも、その話している内容がまた、果たして本当に丈瑠を、敬っているのかどうか。 「いいじゃありませんか!殿は舞台の奥に、いつものように、御座をお造りになって、そこにでもお座りになっていらっしゃれば」 絶句する丈瑠。 「そ、それなら、俺は観客席にいても、構わないのではないかと………」 「いや、あの。せめて立ってて欲しいんだけど」 渦中の丈瑠と流ノ介に、千明が声を掛ける。しかし流ノ介は、それを無視した。 「まあ、どちらでも似たようなものです。たいした差はありません。ですから!やりましょう!殿と家臣の交流のためです!!これは、志葉の殿としての務めです!!」 いつの間にか、それをやることが、志葉家当主の務めにまで格上げされた、千明の計画だった。 流ノ介のあまりに自分に都合よく解釈した言葉に、嫌な予感を覚える千明。 その後ろに、源太、茉子、ことはが集まった。 「でも………みんな、結構気にしてんだな。丈ちゃんのこと」 源太が感慨深そうに、呟く。 「みんな?」 千明が、振り返った。 「俺、今は流ノ介の所に世話になってんだけど、流ノ介も忙しい割に、なんかすっごく丈ちゃんのこと、考えてたみたいだし」 それに、茉子とことはも、そりゃあね、と言う風に頷く。 「まあ、ああいう丈瑠みたいな奴が、今回みたいな………ことになっちゃったからな。心配せずには、いられないよ」 千明も同意するが、その、ため息と共に吐き出した言葉は、肝心のことが語られていなかった。 「外道衆を倒す宿命を持った志葉の殿さまが、外道堕ち………か」 その言葉を補った源太を、千明が恨めしそうな目でみつめる。 「簡単に言うなよなぁ。十臓の時だって、丈瑠、なんとか踏みとどまったはずだったのに」 そこで千明は気付く。 「ああ。源ちゃんは見てないんだっけ?十臓に………連れて行かれそうだった丈瑠のこと………」 丈瑠が、志葉の当主の立場を離れ、ただの丈瑠として在った時。 腑破十臓との闘いで、外道に堕ちかけていたその姿を、源太は目にしていないのだ。 あれを目にしたのは、最初は彦馬。そして、まさしく外道に足を踏み入れかけ、火と言うよりも血のように赤黒い、不気味なオーラを纏った丈瑠を目にしたのは、志葉家の侍四人だけかも知れない。 あの時、身体の中心、その最も奥深い場所から、止められない想いが噴き出した。 内臓のその奥の方から、絞り出されるように。まるで慟哭のように。 「行くな!どこにも行くな!丈瑠は、俺たちだけの丈瑠なんだから!!」 「そっか。まあ………怖がりな、ただの丈ちゃんならあり得るんだけど、志葉の殿さまじゃ、あり得ねぇってか。お前らは、そういうの、認められないんだろうな」 源太の言葉に、千明はぎょっとする。 「………源ちゃん………それって………どういう意味なんだ?」 源太はそこで、口元に微かな笑みを浮かべた。 「源ちゃん!?」 憤る千明に、源太が頷く。 「なんかな。俺、やっぱ判ってきたかも。俺とお前らとの違いが」 「違いって………何だよ、それ!」 眉をひそめる茉子、目を丸くすることはの横で、千明が叫ぶ。源太は、仕方ねぇなあ、と呟くと頭を掻いた。 「いやまあ、そんな言うほどのことじゃねぇんだよ。きっと、千明も思ってることだしな」 「え?」 戸惑う千明。千明は、源太を自分たちと区別しているつもりはなかった。だから尚更、源太の言うことが腑に落ちない。 「ほら。千明のキャスティング。それが意味していることだよ」 そこまで言われて、千明はなんとはなしに不安になってくる。 「意味、わかんねぇよ、源ちゃん」 情けない声を出す千明に、源太はにっこりと笑った。 「多分、俺に関する千明のキャスティングがツボを得ているだろうよ………って話だ」 しかし、そこで源太は、再び舞台の端に目をやった。 「………まあ、そうなると、ひと悶着ありそうだけどな」 千明だけでなく、茉子もことはも、源太の視線を追う。そこにいるのは、もちろん丈瑠と流ノ介だ。 「え?そう?もめるかな」 源太に答えをはぐらかされたことは判っていたが、これ以上問い詰めても、源太は答えないだろう。それがなんとなく判った千明は、やはり話題を変えるしかなかった。 「そりゃ、もめるだろ。千明が俺に振ったのとは違う意味で、キャスティングに拘ってくる奴がいるから」 それには、千明も頷くしかなかった。 「全員のキャスト発表聞いた後でも、踊りに目が眩んだままでいられるかな、流ノ介は」 先ほどの発言からしても、千明のたてたこの『銀河英雄伝説』の計画に、それほど拘りがあるようには思えない源太。しかし千明が見たところ、源太は自分に振られた役を………きっと流ノ介が欲しがるだろう役を、流ノ介に譲る気はないように見えた。 「千明!!」 そこで、舞台の端にいた流ノ介が、突然、千明たちの方を振り返った。 「殿のご了解を頂いたぞ!『銀河英雄伝説』演っても良いそうだ!!」 しかし流ノ介の後ろに見える丈瑠の顔は、了解したなどという顔ではなかった。 能楽堂の壁に押し付けられ、目の前でまくし立てられた丈瑠が、ついに、流ノ介に降伏しただけのことだろう。 しかしこれでやっと、キャスティングに行ける。 とりあえず、陽の暮れない内に……… そう思ったのは、千明だけではなかった。 小説 次話 ぜいぜいっ と言う感じで書いた割には、進んでいません。 しかし、今度こそ、本当です。 次回こそは、キャスティングの発表です。 早々のUP目指します……… 2011.05.14 |