ここまで来るのに、大幅な時間が掛かってしまった。 そのため、陽は既に傾きかけていた。 舞台の上に、先ほどのように、一列に座る侍たち。 侍たちとは少し離れた場所で、不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、あぐらをかく丈瑠。 千明は、そこにいた全員に、コピー紙を束ねて作った台本を渡して回った。 茉子とことはは、嬉しそうに台本を開き、端から読み始める。源太はパラパラとめくり、ところどころで内容に見入っていた。 流ノ介も、とりあえず全体を通して見ている。丈瑠だけが、台本を開かぬまま、能楽堂の天井を見つめていた。 「はいはいー。もう全然、時間どおりに行けてないけど、キャスト改めて発表するよー」 千明が、みんなの前に一人立ち、手を叩く。 「呼ばれたら、前に出てきてね」 そう言いながらも、千明は丈瑠の前まで出て行き、そっぽを向いている丈瑠の腕を引っ張り上げた。いやいや立ちあがった丈瑠を、みんなの前に押し出す。 口をひん曲げ頬を膨らましている丈瑠を、横から覗き込みながら、千明は紹介した。 「志葉丈瑠くん扮するのは、この劇の主人公、ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵でーす」 千明が声を張り上げると、ことはが首を傾げた。 「伯爵さま?それにラインハルトって、殿さま、外国の方にならはるんですか?」 「そう。………つーか、外国とか日本とか、そういう概念はもうない時代かも知れないけどな」 千明が苦笑すると 「何、それ。意味わかんない」 と、茉子が突っ込んできた。 「物語の背景から説明してもらわんと、全然わからんぞ!!」 文句を言うのは、もちろん流ノ介。そんな彼らを、源太がにやにや笑いながら見ている。 前途多難。 千明はため息をつくと、台本の第一ページ目を指差して、みんなに見るように言った。そこに、『銀河英雄伝説』の簡単な背景を書いておいたのだ。 「物語の舞台は、今から約1600年先の、西暦3600年の世界。人類は宇宙に進出して、いろいろな星に住んでいるんだ」 千明が台本に書かれたままを読むと、ことはが驚いたように、顔を上げた。 「え………そんなに未来の話」 「そうそう。でも、俺ら人類の未来の話だから。宇宙人の話じゃないよ」 千明は、既に頭がこんがらがったという顔をし始めたことはに、噛み砕くように丁寧に説明する。 「それで、物語の世界の宇宙歴って暦では、800年弱の頃の話です。でも、年号は面倒なので、この先は殆ど出てこないけどね」 茉子も台本から、顔を上げる。 「まあ、とにかく、火星人や土星人じゃなくて、地球人の未来の世界ってことね?」 この茉子の言葉に反応したのは、源太だった。 「火星人や土星人………って、そりゃ、いったい何だ!?たこ型宇宙人とか、いか型宇宙人とか、なのか!?」 言いたいことは判る。姐さんの例えは、変だ。源太の例えも変だけど。 千明はそう思ったが、黙っていた。案の定、茉子が源太を睨みつけた。 「だから、地球人以外って、ことよ!」 一方、ことはは、呑気に別の心配を始める。 「1600年も先の未来って、想像もできへんわ。志葉家や、うちらシンケンジャーは、まだあるんやろか」 そっぽを向いたままだった丈瑠が、そこで初めて、みんなをまともに見た。 「そうねぇ。今でも志葉家の歴史は300年だから………まあ、この調子で行けば、あるんじゃないかなあ。外道衆がいるんだったら、尚更よね。1600年経ったら、三途の川がなくなるってもんでもないでしょうし?」 茉子まで、ことはの呑気な疑問に、間延びした答えを返している。 「志葉家は、存続しているに決まっているだろうが!!たった1600年だぞ!!現代と大和朝廷の時代程度の差でしかない!!」 流ノ介が床板にドンッとばかりに拳を叩きつけた。 ことはの素朴すぎる疑問から、話がどんどん拡がっていく。しかし、ここまで脱線されると、千明としても黙っていられない。1600年未来の話をしようとしているのに、いつの間にか1600年過去に戻っているではないか。 「おいおい!大和朝廷?ちょっと!舞台は未来なんだぞ。お前ら、なにを…」 しかし千秋の苦情は、あっさりと無視された。 「ああ、そっか。そうやね。飛鳥時代ってことやね」 ことはが、どういう計算をしているのか、指折り何かを数えながら頷く。すると、それを茉子が訂正した。 「飛鳥時代は、もうちょっと時代が下るはずよ。その前の時代じゃないかな。邪馬台国よりは後だけど、聖徳太子よりは前の時代くらい?」 流ノ介が、それに大きく頷く。 「その通りだ」 ため息をつく千明の前で、ことはが夢見るような瞳で、茉子を見つめた。 「茉子ちゃんも、流さんも、ほんまに頭いいなあ。うち、そこまで覚えてないわ」 それを聞いた流ノ介が、ふんっとばかりに、千明を見上げてくる。見上げているのに、何故か、見下しているような目線だ。 「安心しろ。あそこに、ここまで言っても、理解できていない奴がいる」 案の定、流ノ介の言葉は、千明に向けたものだった。 「はいはい。悪かったですね。俺は日本史は、苦手だったんだよ!」 「お前!志葉家の家臣のくせに、日本史が苦手などと、堂々と言っていいと思っているのか!?だいたい、いつもお前は…」 流ノ介が腕を組んで、顎を上げる。 いつもの、千明への説教モード。千明は思わず、目を瞑って首を振った。 「ああ。もうっ!うっせぇんだよ、流ノ介は!!」 そして一歩前に踏み出す。 正座をしている流ノ介と、立ったままの千明が睨みあう。先ほどから、千明の横に立っている丈瑠は、やっていられないという顔で、一切に知らんふりだ。 ………と 「あーーー!うざい!!」 と、茉子が、その緊迫した空気を砕け散らせた。 「もう、こんなに遅くなっちゃってるのよ!先!先行って!千明!」 茉子の有無を言わせぬ一言には、誰も逆らえなかった。 「じゃあ、続きいきます」 千明が、再び説明を始める。 「その1600年先の未来では、宇宙を支配する二大勢力、銀河帝国と自由惑星同盟が、150年に渡る長き闘いの日々を送っていました」 気を取り直して、再び背景を説明し始めた千明だったが 「ふっ………たった150年か」 たったのワンフレーズで、流ノ介にちゃちゃを入れられた。千明もいちいち相手をしなければいいのだが、先ほどから流ノ介に突っかかられていることもあるため、どうしてもそれができない。 「なんだよ、長げぇだろ、150年も闘い続けているんだぜ?気が遠くなりそうじゃないか」 正直な感想のつもりだったが、それを聞いた流ノ介が、さも大げさにため息をついた。 「お前………」 そして、哀しそうに首を振る。 「志葉家と外道衆の闘いは、何年続いていると思っているんだ!?」 「………あっ」 さすがに、これには千明も反論できなかった。流ノ介の横では、源太まで感心している。 「そっか。そうだよなぁ」 「言われてみると、そうよねえ」 「うちら、ご先祖さまから、ずっと闘ってきたんね」 茉子とことはも、改めて感動をしている。 「考えてみると、すげぇんだな。丈ちゃん家は」 源太は原作を知っているだけに、感慨が深いのか、神妙な顔で何度も頷く。 「銀河帝国と自由惑星同盟よりも、長く闘ってんのか。いやぁー、なんか、くるねえ。こうぐっと胸に………」 黙って聞いていた丈瑠だったが、さすがに居心地が悪くなったのか 「………源太。そういう物語と一緒にされても………うちは、現実なんだし」 と、ぼそぼそと言うが、 「だから!物語よりも、志葉家は凄いということです!」 流ノ介に叫ばれて、終わった。 「はいはい、先行って!千明!!」 沈黙が続いたところで、またも茉子が先を促した。 茉子はよほど早く家に帰りたいのだろうか。千明は首をかしげながらも、先に進める。 「で、銀河帝国と自由惑星同盟のうち、ラインハルトのいる銀河帝国を支配しているのは………」 「ちょっと待て!」 今度は、ワンフレーズも進まなかった。 「銀河帝国と、自由惑星同盟だと?お前は先ほど、この話は三国志みたいなものと言った私の発言に同意しなかったか?三国志にしては、国が足りないではないか!?それじゃあ、話が盛り上がらないぞ!」 もうほとんど、難癖を付けられているとしか思えない、流ノ介の言葉。千明が怒りに震えていると、それを察した源太がこれはまずいと思ったのか、流ノ介の耳ともで囁いてくれた。 「いや、実は、もうひとつフェザーン自治領っつう商業国家が、あったりするんだ。これで、三国志でいうところの『魏』も『蜀』も、『呉』も揃うんだ。今回の話は、そこまで出てこねぇけど。安心しろ、流ノ介」 「なるほど。了解した」 意外にも、流ノ介はあっさりと引き下がった。 拍子抜けする千明だったが、ここで、千明はあることに気付く。 先ほどから、やたらと流ノ介が突っかかって来るので、てっきり流ノ介は、千明の計画に難癖を付けているのかと思っていたが、そうではないのだろうか。 もしかしたら、流ノ介は、本気で疑問を発しているのかも知れない。確かに、この劇をやることについても、最後には乗り気になって、丈瑠まで説得してくれた。 しかし、今までの発言が難癖でないのだとしたら、この先、流ノ介はどこまで意味不明のことを言ってくるのだろうか。真剣に言ってくる分、納得のいく説明ができないと、流ノ介はいつまでも、拘って来るだろう。難癖よりも、始末が悪いかも知れない。 千明は、頭が痛くなりそうだった。 「今言ってきたように、両国の長きに渡る闘いが惰性的な様相を呈し始めた頃、ある人物によって、その状況が大きく変化する。銀河帝国は、ゴールデンバウム王朝の皇帝ってのが支配していたんだけど、その帝国軍の元帥として『常勝の天才』ラインハルトが、彗星のように輝かしく登場するんだ」 気を取り直して、やっと漕ぎつけたラインハルトの説明に入る千明。 流ノ介がまた何か言いだすのではないかと、流ノ介の顔色を窺った千明だったが、それは杞憂だったようだ。 「おお!歴史を塗り替える『常勝の天才』!?さすが殿の役ですな!」 ラインハルトの説明は、流ノ介の気に入ったらしい。 「たくさんの戦績をあげて、あとで侯爵から、公爵。果ては皇帝にまでなるんだって!ほら、ここ見てよ」 茉子が人物紹介の欄を、ことはに指差す。 「やっぱり、殿さまは、いつでも殿さまなんですねぇ。でも、千明の言ってた帝国軍元帥?元帥って何?」 ことはも笑顔で、相変わらずずれた質問を発していた。 元帥くらい、知っていてもいいのではないだろうか。そう思いつつ、千明が説明する。 「軍ですごーく偉い人だよ。上級大将よりも偉いんだ。元帥府っていうのを開くことができて、そこに自分の部下になる提督たちを集めることができる」 これに、ことはが目を丸くした。 「ええ?上級大将?なんだか、全然わからへんけど、とにかく偉いんですね。さすが殿さまやわぁ。その殿さまが集めはる元帥府の提督って、それは、うちらシンケンジャーみたいなもん?」 飛躍が飛躍を呼ぶ、ことはの理解。しかし、次の言葉は、やはりことはしか言えないようなことだった。 「あら?でも、その時まで志葉家があったら、殿さまが銀河帝国の偉い人になってしもたら、困るんちゃう?」 「別に、軍で元帥やりつつ、シンケンレッドとしても、外道衆倒せばいいんじゃないの?」 それに応える茉子の言葉がまた、本気なのか、適当なのか、さっぱりわからない。 「ああ。そっか。茉子ちゃん、頭良い!」 ことはは、そんな茉子に、一年前までと変わらぬ憧れの眼差しを向けた。 千明と源太から見ると、ことははもちろん茉子の返答も、次元を超えているように感じられる。しかし、それでは終わらなかったのだ。 先ほどのことはの発言が、やがて千明版 舞台『銀河英雄伝説』を、どこまでも違う世界へと、引っ張って行ってしまう発端となった。 いままでじっと、千明の横で傍観者を決め込んでいた丈瑠が、ここで初めて、茉子の『軍で元帥やりつつ、シンケンレッドとしても………』という言葉に耐えきれずに、口を出してきたのだ。 しかも、その内容がまた 「そんなのできるか!外道衆だけで、俺は手いっぱいだ!!他のことなど、やっていられない!」 という、なんとも言えぬ、微妙なものだった。 源太としては、丈瑠の気持ちも判る。丈瑠が言っているのは、こんな千明のおかしな劇などやっていられない!と言いたいのだろう。しかし、丈瑠の言葉は、違う意味にも取れた。本人が気付いているかどうかは、知らないが。 だいたい、ことはと茉子の会話にまともに答える必要があるのか、という点から、そもそも丈瑠はここで、発言すべきではなかったのだ。 「殿!その発言は、志葉家当主、シンケンレッドとしてどうかと思いますが」 案の定、真面目一方の正義の味方、流ノ介が、またも発言権を得てしまうこととなる。 「殿は、この世と人々を護る使命を持ったお方。外道衆を専門とするは当然として、いざとなれば、全ての悪にも立ち向かう必要があるのではありませんか!?」 流ノ介は大真面目に、そう丈瑠に突き付ける。自分の発言を別の意味に取られた丈瑠は、呆気にとられたが、あまりに真剣な流ノ介の表情に、いい加減な返答は許して貰えそうもないことを感じた。 「い、いや。それは………もちろんそう………なんだが」 しどろもどろの答えに、しかし流ノ介は満足しない。 「殿?そうなんだが………とは、何かこれに当てはまらぬ時があると?」 「い、いや………」 丈瑠も、自分の発言がまずかったことに、今更ながら気付く。その上、ここでいい加減な返答をすると、さらに流ノ介が絡んでくるだろうことは必至。丈瑠としては、まずは型通りのことを言わねばならなかった。 「………流ノ介の言うとおりだ。この世と人々を守るために、俺は、外道衆だけではなく、誰とでも………いや、外道衆のように人でなくとも、あらゆる敵と闘う覚悟がある」 と、とりあえずは答え、流ノ介の瞳を真っ直ぐに見つめながら、大きく頷いた。 とりあえず答えたものではあったが、もちろん丈瑠の本心でもある。 丈瑠が本当に言いたかったのは、戦闘以外の余計なことは、一切したくない。特に千明が考案したような、馬鹿馬鹿しい計画は。という、今までどおりの丈瑠の信条であった。その言いたかったことは、撤回されてしまったに等しい。 しかし、丈瑠の型通りの回答に、流ノ介もいたく満足そうに頷いたのだった。 あまりにしょうもない二人だけの茶番だったが、その程度の演技しかできない丈瑠と、そんな見え見えの演技に満足できてしまう流ノ介。 信頼に満ちた殿と家臣とも言えたし、『われ鍋にとじ蓋』という言葉が、頭に浮かんだ者もいた。 劇中のキャラクターとキャストが、思考の中で渾然一体となりつつあることを認識したうえで、茉子がまた余計なひと言を付け加えた。 「この人物紹介をざっと読んだところでは、ラインハルトって敵国相手の戦闘だけでなく、政敵相手に権謀術数もやってるみたいね」 茉子は、台本を丸めて首を傾げた。 「丈瑠はむしろ、戦闘専門職………って、とこ?ラインハルトを演るのは無理なんじゃない?キャスト、替えたら?」 これには、千明が頬をふくらました。それでは、この劇を演る意味が、まったくなくなってしまう。 「できるよ!丈瑠だって、やる気になったら、なんでもできる!!」 それを横で聞く丈瑠は、まさしく苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「まあまあ」 千明の思惑を知る、ただ一人の人物である源太が、ここに割って入った。 「物語のラインハルトだって、一人で何でもやれる訳じゃない。優秀な部下が、ラインハルトを補佐するんだ。丈ちゃんだって、お前ら家臣がいてこその、殿さまだろう?同じだよ」 これには、茉子も納得したようだった。 「そういう権謀術数ならば、茉子!お前の家系が得意なんじゃないか?その方面の補佐は、茉子で決まりだな!」 しかし、唐突に流ノ介がそう言って、再び、流れを邪魔する。 千明は、瞬時に茉子の顔色を窺う。千明には千明の思惑があった。それをここでぶち壊されてはたまらない。しかし茉子は、特に怒っているようには見えなかった。胸をなでおろす千明の前で、茉子が流ノ介の方を、ゆっくりと振り返る。 「う〜ん?でも、流ノ介の家系だって、搦め手は、お得意なんじゃないの」 そう言いつつ 「あっ!でも、流ノ介だけは別なのかしらね。いっつも大真面目だし?表通りしか、絶対に歩かないって、決めてるのよね、きっと!でも、そういうのって、歌舞伎役者としては、どうなのかしら!!」 その顔は、はりついたような笑顔だった。 笑いながら怒っている茉子に、流ノ介は黙って頭を下げるしかなかった。 キャスト紹介は、主人公のラインハルトから先に、さっぱり進まない。 千明が、スピードアップをしなくては、と考えた瞬間だった。よりにもよって源太が、『銀河英雄伝説』の根底を覆すような事態への発端を、ことはに続いて切り拓いてくれたのだ。 「………なあ。宇宙にも外道衆は出てくるんだろうか?」 『銀河英雄伝説』の原作本から、マンガ、アニメ。全てを読破し視聴している源太。その源太が、それら全てを凌駕して発した、ことはレベルの質問に、千明が目を丸くする。千明の驚愕に気付いた源太が、頭を掻きながら補足した。 「いや。丈ちゃんてば、さっき言ってただろ?外道衆で手いっぱいだ、とか」 自分の名前に反応して顔を上げた丈瑠が、こくこくと頷く。 「あと流ノ介も、1600年後にも志葉家は存在している!とか言ってたし」 流ノ介も、もちろんだ!!とまたも床板を拳で叩いた。 しかし、千明にとっては、どちらも、どうでもいい発言だ。 「それで?」 千明が冷たく言うと、 「いや。だから………1600年後の宇宙時代にも、外道衆も志葉家もあるんだとしたら、その闘いは、宇宙でやるのかな〜とか?」 源太は、悪びれずに答える。千明にして見れば、源太のこの疑問は、『銀河英雄伝説』に全く関係なく思えた。 「そんな、どうでもいい話を、今はしている訳では………」 千明は、源太の妄想を止めようとしたが 「三途の川の隙間は、どこにでも開いている………って、ドウコク言ったから、宇宙にだって出てくるんじゃない?」 早くキャスト紹介を終わらせたいはずの茉子だったが、結構余計なことを言って、千明の進行を妨げているのも事実だった。 「………そうなのか???」 この最後の言葉は、丈瑠から発せられた。 あまりのキャスト紹介の進行の悪さに、千明ががっくりと肩を落としていると 「ちょっと待て?」 流ノ介の上擦ったような声が、千明の上に降って来た。 もう、嫌な予感もなにも、ない。また、紛糾するのは目に見えている。何に紛糾するのかは、知らないが。 千明は、そんな思いで、暗い顔を上げた。 「おい、千明!銀河帝国………いや、殿の敵は、自由惑星同盟とか言ったな!?これは、何者なんだ!?」 しかし流ノ介のそれは、千明には、しごく真っ当な質問に思えた。千明は、胸をなでおろした。 その瞬間だけは。 「え?あ、ああ。えっと、銀河帝国の敵は、銀河帝国の圧政から逃れた人々で作られた『自由惑星同盟』で、そこにはヤン・ウェンリーっていう………」 千明が説明を加えつつ、答えようとしていると 「はぁあああああ!?」 流ノ介の奇声が、それを遮った。 「………えっ?な、何だよ、流ノ介」 目を見張る千明。 「ちあきぃぃぃーー!!それは、どういうことだ!?」 明らかに流ノ介は怒っていた。抗議ではなく、怒っているのだ。流ノ介の怒りのツボが、千明には理解できなかった。 「いや………だから、どういうこと………って、どういうことだ?」 そこでいきなり流ノ介が立ちあがった。 「銀河帝国の圧政から逃れた人々が、敵だとぉ!?」 流ノ介は床板を踏み鳴らしながら、千明の前へと近づいてくる。 千明は思わず後ずさりをしながらも、源太を見た。 「そう………だけど?間違ってないよな?源ちゃん」 源太が頷いたが、そんな千明の顔の前に、流ノ介が指を突き出した。 「いいか、千明!!」 流ノ介の形相は、歌舞伎の悪役さながらに、怖ろしいばかりだった。 「殿は、銀河帝国軍の元帥なのだぞ!?」 千明は、迫りくる流ノ介を前に、ただ頷くしかなかった。 「そうだよ。ってか、ラインハルトが帝国元帥な。丈瑠じゃねぇから。混同するなよ」 しかし、気になったことだけは、訂正しておく。それは単に、流ノ介の言い間違いを正したつもりだったが 「その殿の治められている銀河帝国が」 と、流ノ介は全く聞いていない。 「いや、だから、丈瑠じゃなくて、ラインハルトだって。それで、まだラインハルトは、帝国を治めちゃいないんだけど」 必死で説明する千明。 「だが、将来、殿は、銀河帝国の皇帝になるんだろうが!?」 しかし流ノ介は、そのような言い訳を聞いていなかった。 「う、うん。まあ」 千明が仕方なく頷くと、流ノ介が、またも怒り心頭と言う形相で、叫んだ。 「その、殿が治められる帝国が、何故、『圧政』をするんだ!?何故、それに反発する人々が出たりするんだ!?殿がそんなことを、なされる訳がないだろう!それじゃあ、まるで殿が悪役のように、聞こえるじゃないか!!」 「………えっ?」 千明の頭の中が、真っ白になる。 「あの………俺、流ノ介の言ってること、全然わかんねぇんだけど」 改めて説明を求める千明に、流ノ介の怒りは、いや増していく。 「とーーのーーが!!圧政など布く訳ないだろうが!」 その時。 千明の目に映る流ノ介は、言葉の通じない宇宙人と化していた。 「い、いや。あのな、丈瑠が圧政している訳じゃないんだ。………じゃなくて、ラインハルトが圧政している訳じゃないんだ」 言いながら 「なんか、俺も訳わからなくなってきそう」 と呟く。 偏屈な思想に凝り固まった人々を相手にする、ラインハルトやヤン・ウェンリーの苦労が、少しわかったような気がした千明だった。 さきほどから、千明は困惑しているのだが、どうも千明以外のメンバーは、演劇の中の人物と、その背景。それを演る丈瑠とその背景を、まぜこぜにして会話をしている。このため、話をしていても、演劇の話なのか、現実の話なのか、何がなんだか、わからなくなっているのだ。 どんなに言葉で正しても、理解して貰えないなら、もうそれを受け入れるしかないのだろうか。 千明が、こんな弱気をちらとでも思ったのが、また、次なるステップへの助走となったのか、ならなかったのか。 「………流ノ介は何を怒ってるんだ?」 千明が泣きそうな顔で呟くと 「丈瑠が扮する役が、悪役は困る………って、言ってんじゃないの?」 既に辟易とした顔をしている茉子が、座ったまま、冷静に応えた。 「ああ!そうやわ!」 しかし、茉子の言葉に、今度はことはが反応してくる。 「うちも、千明の説明を聞いていて、なんかおかしいなぁ思ってた」 そしてことはは姿勢を正すと、いつになく真剣な表情で千明を見上げた。 「千明」 思わず千明も、姿勢を正して、ことはの次の言葉を待つ。 「殿さまは、殿さまや。人々を困らせるようなことは、しません」 「そうだ、千明!!殿を悪役にするな!」 ことはの苦情に脱力する隙もなく、千明に追い打ちを掛けてくる流ノ介。 もういやだ! もう止める!! こんな奴らと、劇ができると思った俺がバカだったよ! そう言って、いっそのこと泣きだしてしまいたい千明だった。 「まあまあ」 源太が立ちあがり、流ノ介と千明の間に入る。うな垂れる千明の頭を撫でながら、 「これは、劇なんだから」 と、源太がとりなそうとする。 しかし流ノ介の抗議は、止まなかった。 「劇だろうと、なんだろうと、殿にそのような配役をすること自体が、許せん!!許せーーーん!!!」 さすがに、これには千明が切れた。 「許せん!って………」 千明は源太を押しのけると、流ノ介の前に立ち、流ノ介を下から睨み上げた。 「劇と、それを演る人間は、関係ないだろ?お前だって、歌舞伎役者なんだから、それくらいの分別はあるんじゃねぇのかよ!?お前は、悪役は絶対に演らない歌舞伎役者なのかよ!!!」 一瞬、千明の迫力に怯んだ流ノ介だったが、すぐに首を振った。 「それとこれとは、話が別だ!私はどんな役でも頂いた役目は全うする。しかし、殿を貶めるのは、許さない!」 睨みあう千明と流ノ介。 横で、頭を掻く源太。 そして、相変わらず、知らぬふりを決め込んでいる丈瑠。 収拾がつかなくなると見たのか 「仕方ないなぁ」 最後の頼みの綱、茉子が、助け船を出してきた。 「まあまあ、流ノ介も落ち付いてよ。悪役が主人公になるくらいなんだから、きっとラインハルトにも、良いところはあるんじゃない?」 しかし、茉子のそれは、助け船になっていなかった。 「いや、だから………ラインハルトは悪役じゃねぇっての!」 千明が半泣きで叫ぶと、さすがに流ノ介も、多少は気にしてくれたのか 「………本当か?」 わずかに、口調が柔らかくなった。 そんな流ノ介の肩を源太が叩く。 「ああ。本当だよ。安心しろ、流ノ介」 そうウィンクする源太を信用したのか、流ノ介も頷いてくれる。 「本当なのだな。それならいいが………しかし!!」 流ノ介が、千明に条件を出してきた。 「だいたい、銀河『帝国』!この『帝国』がいかん!『帝国』なんぞと称するのは、小説でもアニメでも、悪役と決まっているんだ!銀河帝国という名前自体が、印象悪すぎる!」 銀河帝国でなかったら、銀河英雄伝説にならないじゃないか。 そう思う千明に対する流ノ介の提案は、有り得ないものだった。 「もし、どうしても演るというなら、まず、その名前を変えろ!」 これには、千明も耐えきれずに叫んでしまった。 「あーーもうっ!お前、本当に面倒くさいなぁ!!」 しかし流ノ介は、冷静そのものだ。 「お前が考えられないなら、私が名前を考えてやるぞ」 「え?あ、おい………」 焦る千明を前に、流ノ介は、素晴らしいと信じている提案を、高らかに言い放つ。 「『志葉家』でいい!『志葉家』にしておこう!」 「………えっ?」 流ノ介の正面にいる千明よりも、流ノ介の横に座っている茉子よりも。誰よりも早く、この提案に反応したのは、丈瑠だった。 「えっ?えっ………ちょっと」 しかし、誰も丈瑠の反応など視界に入れてはいなかった。 みなの注目を浴びた流ノ介は、自分の発言に、いささかの疑問も抱いていない。 「如何にも、正義の味方と言う感じがするじゃないか。『銀河帝国』は止めて、国の名前は『志葉家』だ。ラインハルトも止めて、『志葉家』の『殿』だ!いいな、千明!!」 一瞬、気が遠くなりかけた千明だったが、それを必死で立て直す。 「おい!ちょっと待てよ!それじゃあ、全然、劇にならないじゃないか!だいたい、国の名前が『志葉家』なんて、あるかよ!」 流ノ介以外の誰もが、千明と同じ意見だと、千明は思っていた。 しかし 「あら、いいじゃないのよ。そんな横文字の名前より、ずっと言いやすいわよ。絶対に間違えないし」 茉子は、流ノ介に賛同らしい。 「ちょっ………姐さんまで何言い出すんだよ」 慌てる千明に向かって、今度はことはが、自らの意見表明をした。 「ほんまにそうや。ライン…ハルト伯爵さまより、殿さまの方が、絶対に言いやすいわ」 絶句する千明。 その肩を源太が、抱く。そして、千明の耳元で囁いた。 「あきらめろ、千明」 こうして、『銀河帝国』の帝国軍元帥、『ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵』は、『志葉家』の『殿』となった。 役職名はどうやら、元帥のままらしいが……… 早速、ペンを取り出して、登場人物のページの名前を、嬉しそうに書き変えているのは、流ノ介とことはだけだった。 小説 次話 あれ?また、キャスティングが終わらなかった A^^;) どうして〜!? こんな馬鹿な〜!!! 2011.05.21 |