千明の計画した、舞台『銀河英雄伝説』。 果たして、どんなものになるのか。 今や、作者であるはずの千明にも、わからなくなってきていた。 薫たちの舞台への突然の参加宣言に、呆然とする侍たち。 ただひたすら、居心地悪そうにしている丈瑠。 威厳は保ちつつも楽しげな薫と、苦い顔をしてはいるが、薫と同様に、実はどこか楽しんでいるような丹波。 そんな様子を、嬉しそうに見つめているアラタ。 どちらにしろ、舞台はもう明日のことだ。 なるようにしか、ならない。 そう考えるしかない千明だった。 その時、林の向こうから、ドドドドドドッと腹に響くような重低音が聞こえてきた。 都心にあるとは言え、志葉家の広大な敷地の奥深くに位置する能楽堂。外部の騒音などが聞こえてくるはずもない。志葉家の静寂を破るその異様な音に、全員が背後を振り返った。 すると、能楽堂の広場に面する木々の影から、馬の代わりにハーレーダビットソンに跨った彦馬が、悠然と姿を現した。 「………えっ」 その彦馬の姿に、一番驚いたのは千明だった。 「爺さん………その格好………」 千明は、彦馬のオートバイ姿に驚いたのではない。なにしろ千明は、彦馬とオートバイの二人乗りまでしたことがあるのだから。そうではなく、千明は、彦馬の着用しているものを見て、呆然としたのだ。 「いやあ、彦馬さん、格好いいわぁ」 千明とは反対に、感嘆の声を上げたのは、ことはだった。 「あの姿は、ドウコクとの最期の決戦の時に、応援に駆け付けて下さった時の………」 ことはの隣では、流ノ介が一年前を思い出して涙ぐんでいる。 「ああ。そうねぇ。懐かしいわねぇ」 茉子も感慨深げに頷いた。 彦馬は、戦国時代の武士よろしく、鎧を着込んだ上から陣羽織をはおり、腰には刀、手には長槍を携えて、やって来たのだ。 「待たせたな、千明」 彦馬は、特別仕様で塗装されたロードキングのエンジンを止めると、頭から兜ならぬヘルメットを外し、舞台の傍までゆっくりと歩いて来た。そこで足を止め、姿勢を正すと、舞台の奥に座る薫と丹波に向かって、頭を下げる。薫もそれに頷いて返した。 それを待っていたかのように、千明が叫んだ。 「爺さん!それ、何!?なんて格好してんだよ!?」 千明の切羽詰まった声に、彦馬が目を見開いた。彦馬にしてみれば、わざわざこのような格好をして来たのは、誰よりも千明に喜んで欲しくて、なのだ。 「これか?これはな、役になりきるために、着て来たのだ。どうだ?役に合っておるか?」 彦馬はにっこりと笑うが、それに 「何言ってんだよ!、爺さんてば、何の役のつもり………」 と、涙ながらに反論しようとする千明。 しかし、その千明の叫びは 「彦馬さん、すごく似合ってます!!」 「本当の役者さんみたい。すごい!彦馬さん」 「ばっちりです」 と、次々と彦馬を褒め讃える声に、かき消されてしまった。 「そうか、そうか」 千明の焦りなど知らない彦馬は、侍たちの賛辞に、嬉しそうな顔をしている。 「おいっ」 何も言えなくなってしまった千明の横に、源太がすり寄って来て、小声で話しかける。 「爺さんに、何の役を振ったんだ?オフレッサーか、あれ?」 それに千明は、ふるふると首を振った。もう千明には、首を振ることしかできなかった。 「じゃあ、何だよ。まさかビッテンフェルトでもないだろうし………」 首を捻りながら考えていた源太が、そこで言葉を詰まらせた。 「え………?千明?」 なにしろ、千明は泣いていたのだ。 この舞台に関する説明が始まって以降、悲惨な状況に何度も落ち入り、それでも涙目でなんとかやり過ごして来た千明が、今、涙をぽろぽろ零して泣いているのだ。 いったい、どのような事態が起きているというのだろう。 一方、彦馬は舞台に上がり、薫たちに一礼すると、丈瑠の横に座った。 「殿!如何ですかな」 遠目に彦馬が現れた時は、彦馬を喰い入るように見つめていたはずの丈瑠だったが、彦馬がすぐ横に来ると、何が恥ずかしいのか、彦馬から目を逸らした。 しかし 「………似合ってる」 と、ただそれだけを、丈瑠はぼそりと呟く。それに彦馬は満足そうだった。 彦馬は満面に笑みをたたえたまま、改めて、向かい合って座る薫や丹波の方を向いた。するとそこには、複雑そうな顔をした三人が座っていた。 「………どうか、されましたかな?」 彦馬が眉を寄せながら尋ねると、アラタがびくりと飛び上がった後、さあ?という風に首を傾げた。丹波は扇子を手のひらに打ちつけながら、視線は天井に向いている。なにやら考えごと中らしい。 そこには、なんとも言えない、気まずい空気が漂っていた。 そんな中、薫が何かを決心したかのように、小さくため息をひとつついた。 「日下部」 どんな時でも、凛と張った薫の声は、涼しげに耳に響く。 「なかなか勇壮だが、どのような役がらの衣装なのだ?それは」 薫が、単刀直入に尋ねる。 それに、彦馬はもちろん、にっこりと笑顔で応えた。 「これは、舞台『三国志』の『張飛』でございます」 この瞬間、アラタと千明、源太が思わず声を上げそうになったのだが、予想がついていたのか、薫と丹波は平然とした顔だった。 「なるほど。『一人で一万の兵に匹敵する』と言われ、敵にまでその勇猛を知られる将軍。命懸けで自らの主君を護衛もした『三国志』の『張飛』か」 薫はそこで、ちらりと千明を見た。千明は、がっくりと肩を落として俯いていたために、その顔は見えなかった。薫は視線を彦馬に戻す。そして、彦馬が自らの横に置いた長槍に目を留めた。 「張飛は、長矛を得意とした。確かに、日下部に相応しい役だな」 幼い丈瑠を、長い年月、育ててきた彦馬。 先代のシンケンジャーが戦闘不能になった後、幼い丈瑠が外道衆に殺されることなく命長らえることができたのは、彦馬のお陰以外のなにものでもない。 彦馬は、まさしく命懸けで、丈瑠を守り育てて来たのだ。 その上、彦馬は武芸にも秀でている。長槍を最も得意とするようだが、刀ももちろん使えるし、弓矢の腕では、歴代の志葉家家臣の中で、右に出る者がいないほどだと言われている。 そういう意味では、三国志の張飛は、彦馬にはとても似合っている役なのかも知れない。 しかし……… 薫はもう一度、侍たちの様子を見た。 うな垂れている千明の隣では、流ノ介が眉を寄せて、千明の顔を見ていた。茉子もことはも、千明の様子がおかしいことには気付いていたが、それが何故かは、全く判っていないようだった。 一番後ろに戻った源太だけは、状況を理解しているらしく、諦めたような顔で千明を遠目に見ていた。 薫の正面に座る丈瑠は、薫が何か言いたげなのは理解しているようだったが、その内容に見当がつかず、薫の言動を注意深く観察している。 おもしろい連中だな。 薫はこの時、そう思った。 くすりと笑いたくなるのをこらえて、薫は涼しい顔を装う。 「日下部」 薫は再び、彦馬に話しかけた。 「計画しているのは、『銀河英雄伝説』だ。SF版の『三国志』ではあるが、『三国志』ではない。それは知っているな」 彦馬はそれに、もちろん、とでも言うように頷いた。 「それでは、それでもなお、日下部が、自分の役を『三国志』の『張飛』と考えたのは、何故だ」 薫の質問に、彦馬は眉を寄せた。 「………千明から事前に、役名と役柄の説明を受けました。それで『張飛』と………」 「お!俺!『張飛』なんて言ってねぇよ!そんな説明もしていないし!!」 涙声で叫ぶ千明に、彦馬も、何かが間違っているようだと気付いたらしい。 彦馬は困惑した顔で、身体を千明の方に向けて座った。 「しかしお前は………」 躊躇いがちに、彦馬は話す。 「わしの役柄は、皇帝の『義兄弟』である『張飛』と言わなかったか?」 それに千明は、ぶんぶんと首を振った。 「言ってねぇ!言ってねぇよ、そんなこと!!」 「いや、しかし………」 彦馬も、泣きべそをかいている千明を責めることもできず、さりとて、確かにそう聞いたと思うと、反論せずにはいられず。どうしていいのか、わからなくなってしまう。 「ああ。判った」 そんな彦馬の窮状を救ったのは、薫の言葉だった。 「多分、日下部はこう説明をされたのだろう。『主人公の姉弟で、皇帝の寵姫』の役をやれ、と」 途中まで頷きながら聞いていた彦馬だったが、薫の最後の言葉で、いきなり顔色が変わった。 「………は?ちょう……き?ひ?『ちょうひ』ではなく、『ちょうき』?『ちょうき』とは、まさか………人名ではなく『寵姫』?はあ??」 目を丸くする彦馬。 しかし、彦馬の隣の丈瑠と、流ノ介、茉子、ことはは、話がさっぱり見えないらしく、傍観者と化していた。 薫が解説した瞬間 「そうか!!」 一番後ろにいた源太が、手を打った。 「それで爺ちゃんは、それを、三国志に出てくる劉邦と『義兄弟』の契りを交わした『張飛』だと思っちまったんだ?劉邦は将来皇帝になるし、ラインハルトもそうだからな。主人公=将来の皇帝=劉邦もどきと考えていると、主人公の姉弟と言われれば、『義兄弟』を思い起こすし、そこで『寵姫』を聞きまちがえれば、それは『張飛』にすり替えわって、聞こえる」 源太の解説に、薫が頷く。 「そういうことだ。だから日下部は、このような勇猛果敢な格好で現れたのだ」 薫が、いつにない笑顔で、みんなを見回した。 「これで、一件落着だな」 きょとんとしている侍たちや、丈瑠の顔に、薫は満足そうだ。 しかし、千明と源太の気持ちを代弁するかのように、端の方でアラタが呟く。 「全然、一件落着していないけど……」 その途端、隣に座る丹波によって、扇子で膝を叩かれてしまうアラタだった。 改めて、薫の横に立った千明が、彦馬に告げる。 「………そういう訳で、爺さんの役は、『アンネローゼ・フォン・グリューネワルト』だから」 しかし、その声は、今にも消え入りそうなものだった。 一方、正しい役名を告げられた彦馬は、丈瑠から渡された台本のキャスト紹介欄を、必死に読んでいた。それを、死刑宣告を受けるような気分で、千明は待つ。 やがて、台本から顔を上げた彦馬は、千明を見上げる。 泣きそうな顔の千明。それに、彦馬はため息をついた。 「………千明」 彦馬が、膝の上で台本を閉じる。 「お前の意図は、理解した」 そこで、彦馬は顎に手を当てて、首を傾げる。 「しかし、わしが皇帝の寵姫………というのは、どうしたものか」 彦馬は、視線を千明の横に座る薫に向ける。 「それも、皇帝役は姫がお演りになられるとか。姫の………寵姫とは、これまた、あまりにも」 「無礼者ーーーー!!」 その瞬間、丹波が座布団の上で両膝立ちになって、叫んだ。 「姫が、お前如きむさくるしい男を、寵姫にとご所望になっておるのだ!それなのに、お前はそれを断るというのか!?」 相変わらず、頭のてっぺんから抜けて行くような、丹波の声だった。 「日下部!お前が今現在仕えておるのは、十九代の、こちらのご当主殿かも知れないが………」 扇子をばしばしと手に打ちつけながら、丹波は喚き散らす。 「そもそもお前は、姫のお父上であられる十七代目ご当主時代からの、生粋の志葉家家臣ではないか!それならば、志葉家の直系であり、先代当主でもあられる薫姫のご意向に逆らうなど、あってはならぬことくらい重々承知のはず………」 バシッーー その瞬間、薫が丹波の後ろ頭を、右から左へと巨大なハリセンで張り飛ばした。 あまりの勢いに、丹波の身体は、アラタのさらに向こうまでも、床の上を横にズズ−ッと飛ばされて行く。 その見事なブッ飛ばされっぷりに、 「今の、モヂカラ使われはったん?」 と、ことはが思わず、茉子に耳打ちしてしまうほどだった。 「丹波!!訳のわからぬことを、もっともらしく申すな」 薫は倒れたままの丹波に向かって、そう叱りつけた。丹波は瞬時に起き上がると、床に額を擦り付けるようにして、ははぁっと平伏した。 薫は呆れ顔で、そんな丹波を見つめる。それから薫は、横に控えていた裃黒子に、ハリセンを返した。うやうやしく受け取った裃黒子が、薫の後ろに移動したのを確認してから 「しかし、日下部」 薫は、彦馬を振り返った。 「ここは、無理を承知で頼む。演っては貰えないだろうか。丈瑠の育ての親であるアンネローゼの役を」 彦馬が目を見開いて、薫を見つめた。 「丈瑠が、何よりも、誰よりも、大切に思っている人の役だ。お前以外の誰に、その役ができよう」 薫の真っ直ぐな心が籠った真摯な表情に、思わず見入ってしまう彦馬。 薫にここまでされたら、彦馬に、断ることなどできるはずもない。丹波が言うように、彦馬は、十七代目当主の時代から志葉家に仕える家臣でもあるのだから。 そう思った瞬間、はるか二十年近くも昔の、忘れていた思いが、彦馬の胸に押し寄せてくる。 「………承りました」 両手をついて、深々と頭を下げる彦馬。 「さすがに寵姫の格好はできかねますが、殿をお育てする武人としての役ならば、それこそ断る理由はありませぬ」 薫はそれに嬉しそうに頷く。 「そうか。丈瑠をよろしく頼むぞ」 薫の何気ない一言。 しかしこの言葉を聞いた瞬間、頭を下げたままの彦馬の胸が、ズキンと痛んだ。 彦馬は思わず顔を上げて、薫の顔を見つめる。彦馬のその呆然とした様子に気付いた薫が、不思議そうな顔をした。 「どうした。日下部」 「はっ………い、いえ」 彦馬は慌てて、薫から視線を下げる。 「………何でもありません」 胸に込み上げてくる何かを抑え込むように、頭を下げたまま、彦馬は首を振った。彦馬らしくない態度に、薫は戸惑いを覚える。薫は、僅かな間、彦馬を探るように見つめた。しかし、相手が丹波ならともかく、彦馬では、薫もそれ以上の追及はできない。 「そうか」 薫はそう言うと、それで話を打ち切った。 一応の決着をみた、彦馬のキャスト。 しかし、薫の横に立ったままの千明は、嬉しそうな顔をするでもなく、ぼそりと呟いた。 「だから………丈瑠を頼む………って、『銀英伝』には、丈瑠なんて、どこにも出てこねーんだよ。出てくるのは、『ラインハルト』なんだよ」 そんな千明の向かいでは、丈瑠が俯きながら、力なく頭を振っていた。 「意味が判らない………」 幾多の波乱はあったものの、とりあえずキャスト紹介は終わることができた。 しかし、陽はもう沈まんとするところまで来ていた。 薄闇の中、彦馬が立ちあがる。 「姫、折角のお越しです。すぐに宴の支度をさせますので、まずはお屋敷の方へ」 彦馬はそう言って、黒子に目配せする。それを薫は遮った。 「いや。今日はここに泊らせてはもらうが、宴はいらぬ。通常の夕餉にしてくれ。それも、私の部屋に運べ。私は丹波と二人で食する。それでいい」 「は?姫!?それはまた、どのような理由で?」 立ち直りの早い丹波が、またも素っ頓狂な声を上げた。どうやら丹波は、宴会がしたいらしい。それを薫は睨みつけた。 「私は、台本を直さねばならぬ。時間がないのだ。お前と二人の食事なら、すぐに終わるだろう」 薫はそう言うと、千明を見上げた。 「明日の舞台の開始時間は、夕方にしてくれ」 千明が眉を寄せると 「明日の昼までには台本を完成させるつもりだが、いくらなんでも、一通り読むくらいの時間は必要だろう。早い時間の開演では、間に合わない」 薫がそう応えた。 「………えっ」 まさか本気で、大改訂をするつもりなのかと、青くなる千明。 「そんなに読み込まないといけないほどの改定するの………か?」 「少なくとも、皇帝とヤン・ウェンリーの場面を追加しなくてはならないからな」 薫の当然だろうという顔。 「で、でも………」 「お姫さまの仰る通りにしましょう!!」 千明が反論する前に、茉子が言い切った。 「私たちも、明日、こちらに来てから、改訂版の台本を読んで間にあう程度の時間は欲しいもの。開演は夕方が良いわ」 茉子の横で、ことはもこくこくと頷く。 「へ?ことはちゃん達、明日、来てから………って、今日はお屋敷に泊って行かないの?ええ!?どうしてっ!?」 源太が這って、茉子とことはの横に出てくる。 「うちらも、あまり時間ないし」 「久々の日本なのよ。やることが本当に山積みで、忙しいの」 ことはと茉子が口々に答える。 彦馬がこのやりとりに、残念そうな顔をした。 「おまえたち………帰るのか」 出来ることなら、茉子やことはを引きとめたい彦馬だ。一年ぶりに揃った侍たちを囲んで、楽しい一時を過ごせたらと、実は既に、黒子たちに宴の準備をさせていたのだ。 「夕食だけでも、一緒にどうだ………」 「爺」 しかし、彦馬の誘いを静かに遮ったのは、丈瑠だった。 「みな、それぞれ忙しいのだ」 丈瑠のこの言葉に、彦馬も、それ以上何も言えなくなってしまう。 丈瑠の助け船に感謝するように、茉子は丈瑠に目礼した。 「それじゃあ、私たちは帰ります」 茉子とことはは立ちあがり、舞台から降りる。 「明日は、昼過ぎには来る予定ですけど、何かあったら、白石まで連絡ください」 「うちも、茉子ちゃん家に、お世話になってますから」 茉子とことはは、慌ただしくそう言うと、薫と丈瑠に深々とお辞儀をし、早々に消えていなくなってしまった。 「それでは、私たちも戻るか」 そして、その後を追うように、薫や丹波も、黒子の案内で屋敷に向かって歩き出す。 「なんなんだよ!?あの、逃げて行くような、慌ただしさは!?」 木々の影に、薫たち一行の姿が見えなくなったところで、舞台の上から叫んだのは千明だった。もちろん千明が言っているのは、薫たちのことではない。 「………さあな」 流ノ介も眉をひそめ、何か考え込んでいる。流ノ介も、言葉とは裏腹に、茉子とことはの態度にどこか納得できていないようだった。 「用があるんだろう」 丈瑠が取り繕おうとするが、千明はそんな言葉では、満足できなかった。 「俺たち、一年ぶりに会ったんだぜ!?丈瑠だって、やっと元気になったんだし!?」 千明は苛立たしそうに、舞台上に残った、丹波が座っていた座布団を蹴飛ばす。 「アメリカと京都じゃ、東京にいる俺たちとは、そうそう会う機会もねぇじゃん!!宴会のひとつやふたつ、付き合ったって、ばちは当たんないぜ!?」 憤慨する千明に、流ノ介が目配せした。 「………なんだよ」 「姫が宴はいらないと仰ってるのに、私たちだけで、宴会できる訳がないだろうが」 「………あ、そう………か。それは、そうだな」 顔を寄せ合い、小声で話す千明と流ノ介。 「で、でもさ。ちょっとくらい残って、一緒に晩御飯食べるくらいは………いいじゃんか。爺さんだって、あんなに言ってるんだし。きっと黒子ちゃんたちだって、すげえご馳走、用意してくれてんだろうしサ」 それでも、未練がましい千明。 「馳走が食べたいのは、お前の方だろう。お前だけ、食べて行けばいい」 いくら小声で話していても、すぐ横にいる丈瑠には、会話が筒抜けだ。背中を向けたままの丈瑠の冷たい声に、千明がびくりと飛び上がる。 「今は臨戦状態じゃない。みな、それぞれの生活があるんだ。無理強いはできない」 丈瑠は、流ノ介と千明を振り返ると、厳しい表情でそう伝えた。流ノ介と千明の向こうには、彦馬も立っている。丈瑠は、彦馬からは目を逸らす。 「同じことを、何度も言わすな」 丈瑠のその言葉に、千明は唇を噛みしめる。 ドウコクと闘っていた時とは違う。 確かに、一週間前には、新しい敵が現れた。 でも、その敵も倒した今。 志葉家家臣、侍と言えども、丈瑠は自らの命令を、彼らに下すつもりはない。 丈瑠が彼らの主君として、彼らに命令するのは、この世を守る闘いの時のみ。 それも、丈瑠一人では無理な闘いの場合だけだ。 丈瑠は、ドウコクを倒した後は、ずっとそういうつもりでいる。 そして、それを流ノ介や千明には宣言しているし、実践もしている。 「だけど………俺がいいって言ってんだから………俺ぐらいは、いつも丈瑠の家臣でいたっていいだろ」 千明が悔しそうに呟いた。 「俺の上にいる間は、丈瑠は俺に命令したっていいんだ。俺はちゃんとそれをきいてやるのに………」 唇を切れそうなまでに噛みしめる千明。 丈瑠にこんな風に言われるたびに、何故か、丈瑠に見放されたような気になってしまう千明だった。そして、丈瑠に置いて行かれてしまう気がしてならない。それが千明は、怖くて堪らないのだ。 「あいつ………本当に、一人で、どっかに行っちまったりしないよなぁ」 丈瑠の頑なな背中を見つめながら、不安そうに千明は呟く。 「へぇ。侍の殿と家臣の関係って、そういうものなんだ」 いきなり、すぐ横から声がして、千明はぎょっとした。 「丈瑠って、頑固だもんね〜」 呑気な声に振り返ると、そこには薄笑いを浮かべたアラタが、千明と同じように丈瑠の背中を見つめていた。 「え?お前………まだ、いたのかよ!?お姫さまと一緒に、お屋敷に行ったんじゃないのかよ!?………ってか、お前はお前の家に、さっさと帰れよ!!」 思わず叫んでしまう千明。それにアラタは、人懐こそうな顔でにっこり笑った。 「源太に用事があるからね。俺、今日は丈瑠のおうちにお泊り」 「え、えぇ!?」 のけぞる千明。 「おうよ!丈ちゃん!!」 そんな千明の肩を押しのけるようにして、アラタの後ろから源太が現れた。源太は、振り返る丈瑠に向かって手を上げる。 「何だ?」 丈瑠が不機嫌そうな顔で応えると、源太が、アラタの背中に手を当てて、丈瑠の方に押し出した。 「今晩、ちょっくら、こいつと複雑な作業しなくちゃなんねぇみたいなんだ」 源太の唐突な話に、丈瑠の顔は、不機嫌から怪訝なものへと変化していく。 「そういうことなんで、なんかこう、室内で、板間で、広い場所とかねえかな。そこに今晩、俺とこいつで泊りこむから」 「………板間で広いと言えば、あまり使っていない剣道場があるが」 丈瑠は答えつつも、不審そうな顔で、源太とアラタを交互に見つめた。 「そこだ!いいねぇ。そこ!俺らに貸してくれ」 源太は親指を上にあげて、嬉しそうにアラタに頷く。それにアラタも微笑み返した。妙なのりの二人を、怪訝な想いで見つめる、丈瑠、流ノ介、そして千明。 「じゃあ、さっそく、そこに移動すっか」 源太がさっさと歩きだす。その背中に、丈瑠が焦ったような声を掛けた。 「いいが………アラタ………と何をするんだ?」 アラタという呼びかけが、なかなか口から出にくそうだったが、源太を呼び止めるためには仕方ない。しかし、そんな丈瑠の躊躇いなど意にも介さない源太が、瞬時に答える。 「解析だ!」 「解析?何の解析だ?」 ずっと横で黙って聞いていた流ノ介が、初めて口を出してきた。 「だいたい、護星天使と源太で、何を解析する必要があるんだ」 流ノ介は、未だに護星天使たちに、あまり良い感情は持っていないようだ。一時、和解したのを忘れてしまったのか。 しかし相手は、能天気な上、どうしようもないほど前向き思考の、源太とアラタだ。流ノ介の嫌悪感など、全く問題にしていない。 「うちのデータスの様子がおかしくて。源太はメカの天才みたいだから、診てもらえって、みんなに言われて、連れて来たんだけど、お屋敷の前で動かなくなっちゃったんだよね」 だから、今晩、源太と一緒に、データスの中を点検すると言うのだ。 「………そうか」 護星天使にまで頼られる源太は、すごいのか。それとも、自分たちのメカすら直せない護星天使が、おかしいのか。なんとなく釈然としない丈瑠の横で、いきなり千明が、源太を指さした。 「あーーーーーそれってーーーー!?」 そんな千明の叫びに、流ノ介も何かを思い出す。 「あ!?ダイゴヨウと同じか!?」 それに源太は嬉しそうに頷く。 「おうよ。きっとそうだ」 源太は、舞台の端まで行くと、そこにずっと置きっぱなしになっていた、動かないダイゴヨウを手に取る。 「ダイゴヨウは、データスを参考にしてるしな。データスの調子がおかしいのも、ダイゴヨウの不調もきっと同じだと思う。こうなったら、まとめて直してやるぜ!」 納得する千明たちを余所に、丈瑠だけが何もわからぬまま、首をひねっていた。 小説 次話 2011.06.19 |