志葉家ver

我が征くは星の大河 5












「ブレドランが、殿を誘拐した理由だと?」
 河原の土手の一番上。遊歩道の端に腰を下ろした流ノ介が、目の前を飛んでいるダイゴヨウに聞き返した。
「そうなんスよ。それを、護星天使さんのところのデータスさんが教えて下さるって言うもんで、今日は親分とあちらさんの所に………」
 流ノ介は、呆れたように肩を竦めた。
「は?そんなことは、あいつらに聞くまでもなく、明白だろう」
 そうだ。ブレドランの明白な作戦は、我々侍たちには、なんと効果的なことだったろうか、と流ノ介はため息をついた。
「ゴセイジャー、シンケンジャー合わせた中でも最強の殿を戦線から離脱させ、さらに我々シンケンジャーと闘わせることで、我々を動揺させ、闘いを有利に運ぼうとしたのだ」
「ああ。俺もそう思っていた」
 土手の下の方に座っている源太が、流ノ介を振り返って見上げた。そんな源太に頷きつつ、流ノ介は目を細めた。
「情けないことに………我々は、まんまとその策にはまってしまった」
 源太も振り返った姿勢のまま、どこか空虚な瞳を空に向ける。
「ああ。俺が駆け付けた時のお前ら………まるで、丈ちゃんに殺されるのを待っている………ってな風にも見え……」
 源太の感想に、流ノ介の顔色が変わる。
「お、親分!!」
 流ノ介の様子を敏感に感じ取ったダイゴヨウが、源太の頭に体当たりをした。
「あっ!いてぇ!何しやがるんだ!?」
「親分!もう少し考えてモノ言って下せぇ」
 頭突きをし合う源太とダイゴヨウ。その頭の上から、暗い声が降ってくる。
「………いや。本当のことだ。私は………」
 振り返った二人が見たのは、唇を噛みしめて俯く流ノ介の姿だった。
 本来、丈瑠がいない時は、丈瑠の代わりをしなければならないはずの流ノ介。それなのに、あの時、流ノ介は、その責務を全く果たせなかった。それに思い至ると、流ノ介としては、何も言えなくなる。

 丈瑠が邪悪な炎と共に、自分たちの前に立ちはだかった時。
 流ノ介は、戦闘意欲を失ったと言うより、何も考えられなくなってしまったのだ。
 ゴセイレッドがいなければ。そしてシンケンゴールドが間にあってくれていなかったら………今、ここにこうしていることもなく、丈瑠の黒い烈火に焼き尽くされていただろう。流ノ介も千明も………茉子もことはも………
 思いがけず、身を持って知ってしまったシンケンジャーの構造的な欠陥。丈瑠を頂点として、殿と家臣という構図で闘ってきたシンケンジャーが、殿を失った時、どうなってしまうのか。
 似たような状況として、ドウコクとの決戦を控えていた一年前の騒動がある。しかしあの時は、それが誰かは別にしても、君主と仰ぐ相手−シンケンレッド−は存在していた。だから、シンケンジャーとしての闘いとしては滞りなかった。
 しかし、シンケンレッドそのものが、いなくなってしまったら。あまつさえ、敵になってしまったら!?考えたくもないことだが、それをまさに見せつけられたのが、今回のブレドランとの闘いだった。

 しかし、もっとまずいことが別にあった。
 あの時の自らの行動を反省して、次回に活かせば良い。それでもっと強くなれる。もっと自らを向上させられる。普段の流ノ介なら、そう考える。
 しかし………
 丈瑠が敵になったら、流ノ介はどうするべきなのか?
 志葉家の当主、シンケンレッドがもし外道に堕ちたら、志葉家の家臣であり、シンケンジャーの中でナンバー2を誇るシンケンブルーは、何をすべきなのか?
 これらを幾度考えようとしても、ブレドランに操られている丈瑠と対峙した時と同じように、流ノ介の思考は途中で停止してしまうのだ。だから、あの闘いから一週間も経っているというのに、一向に答えが出てこない。
 そして流ノ介には、薄々判っていた。これは、答えが出ないのではない。出したくないのだ。いつかと同じで………
 出したくない答えであっても、いつかは出さねばならない答え。それを、いつ自分は出すつもりなのか。それすらも、考えたくなくて、放置している流ノ介だった。放置している間に、また同じことが起きたら、今度こそ、悲愴な結末になってしまうかも知れない。そういう焦りがあってすら、流ノ介は、答えが出せない。ただ、もう二度とあんなことはあって欲しくないと祈るばかりで。
 一方で、そんな自分を冷静に見ている自分も、どこかにあった。その自分は、これほど答えを出せないとなると、もういっそのこと、丈瑠に何かがあった時には、共に滅びるつもりなのだな………などとすら、考えてしまっているのだ。

 俯いてしまう流ノ介の心中をどう理解したのか、ダイゴヨウが慌てる。
「ああ。だから、真相はそうじゃなかったんスよ。だいたい、そんな強い相手を誘拐すること自体、普通は考えられないスからねぇ。だから、そんな場面にあったら、誰でも戸惑うのは当り前です」
 流ノ介を必死に気遣うダイゴヨウに、流ノ介も顔を上げた。
「………だが、ブレドランは殿を連れて行った。他に理由があるというのか?殿が誘拐された理由が?」
 それにダイゴヨウは身体ごと頷く。
「ブレドランには、どうしても殿さまに、やってもらいたいことがあったんです」
「え?殿にやってもらいたいこと?」
 そこまで口にした流ノ介の脳裏に、茉子の姿が蘇る。
 ゴセイジャーが本拠地にしている家の近くの階段で、茉子はそのようなことを懸念していなかったか?丈瑠の誘拐とは別に、何か裏があるような懸念を?
「つまり、ブレドランは殿をさらうことが目的ではなく、他に目的があって、それに殿が必要だったから誘拐した………ということか」
 流ノ介の呟きに、源太とダイゴヨウが頷く。
「そして、ブレドランが丈ちゃんにやらせようとしていたことは………地球広しと言えども………丈ちゃんにしかできないことだったんだ」
 話がいきなり飛躍した。そう感じた流ノ介は怪訝な表情で
「地球で………だと?それはいったい………」
 と聞き返す。それに源太が苦笑した。
「おおげさじゃねぇよ。本当のことだ。地球上では、きっと丈ちゃんにしかできねぇ」
「そうなんですよ。それは、殿さまにしかできないことだったんスよ」
 源太とダイゴヨウが口を揃えて言う。流ノ介はなんとも言えぬ表情のまま、彼らの次の言葉を待った。
「………まあな。太陽系まで範囲を拡大したら、丈ちゃんと同じことをできるのは、いたんだけどな」
「はああ?太陽系!?」
 さすがにここまで来ると、源太の謎解きにしか思えない言葉に、流ノ介の腰が浮く。
「源太!もったいぶるな」
 多少、いらつき気味の声を出しながら立ちあがろうとする流ノ介の前に、ダイゴヨウが慌てて飛んで来た。
「落ち着いて下せぇ」
 そんなダイゴヨウを流ノ介が睨む。ダイゴヨウは思わず後ろに下がり気味になりながら
「と、殿さまが敵になっていた時のモヂカラ、見やしたよね。あの、あり得ねぇほどの『火』のモヂカラを、ブレドランは欲していたって、データスさんは言いなさるんで」
 と告げたが、流ノ介の表情は険しいままだった。
「殿の『火』のモヂカラ?………を、どうしてブレドランが必要とするのだ!?」
 確かにモヂカラを使う者は、限られているかも知れない。それも『火』のモヂカラとなれば、今現在使えるのは、丈瑠と薫くらいだろう。しかし、その『火』のモヂカラを、ブレドランはどうしようとしていたのか?いくら考えてみても、流ノ介には判らなかった。

 考え込む流ノ介の上に、影が差す。流ノ介が顔を上げると、目の前に源太が立っていた。土手の下の方から、上がって来たのだ。
「源…」
「流ノ介、あいつら………護星天使のこと、どれだけ知ってる?」
 源太は流ノ介と並んで腰かけると、先ほどまでとは異なる、引き締まった顔つきで聞いて来た。
「いや。あいつらとは、稽古は共にしたが、それ以上のことは、何も知らん。………知る必要性も感じない」
 源太が、流ノ介のそっけない答えに苦笑いをする。
 源太が日本に戻って来た、その最初から、流ノ介と千明は、護星天使にそっけなかった。多分、源太が来る前に、流ノ介たちとゴセイジャーの間で何かがあったのだろうと、思う。
 共に訓練を重ねるうちに、だんだん打ち解けては来ていたが、それでも、こんなものなのかも知れない。そもそも流ノ介は、丈瑠と、志葉家と、シンケンジャー。そして歌舞伎以外には、興味がないようなのだ。それに、殿と家臣の絆と、護星天使たちの繋がりは、多分、全く異なるものなのだろう。
 
「じゃあよ。そっから説明いるんだ」
 そう言うと源太は、ダイゴヨウに視線を移す。
「わかりやした、親分。データスさんから聞いた話、お話しやス」
 ダイゴヨウが頷いた。






 そもそも、護星天使、ゴセイジャーとは何者なのか?
 彼らは、いろいろな星を侵略してきた悪い奴らから地球を守るために、護星界という地球外から送り込まれて来た護星天使の見習いであった。そして、地球と護星界は、天空の『天の塔』を介して、繋がっていた。その『天の塔』から指令を貰って、活動するのが、本来のゴセイジャーだ。
 ところが一年前、『天の塔』が破壊されてしまい、護星界との行き来ができなくなってしまった。これは、護星天使の見習いたちにとっては、とんでもないハプニングだった。
 護星天使の見習いたちは、なんとかして護星界に連絡を付けようとしたが、できなかった。

 けれども、一度だけ、護星界に戻ることが可能な日があった。その日は、数百年に一度しかない太陽フレアの大爆発がある日だった。その大爆発によるエネルギーと五人のゴセイパワーを集めれば、護星界への道が通じると言うのだ。
 しかし彼らは、地球を守るために、その機会を逃してしまった。護星界との道が断たれたまま、一年が過ぎようとしていた。

 しかしゴセイジャーの敵であるブレドランは、数百年に一度と言う、太陽フレアの大爆発に匹敵するような強力なエネルギーを、この地球上で見つけてしまった。その力と三途の川の水を利用すれば、護星界を壊滅できる。ブレドランはそう考えた。


 ダイゴヨウがそこまで説明した時、流ノ介の顔が歪んだ。
「先ほどの、源太の謎かけ。太陽系まで範囲を拡大したら………の答えは、太陽………フレアの数百年に一度の大爆発、だと言う気か?」
「そうです。数百年に一度しかない、太陽フレアの大爆発。そんなとんでもないエネルギーがないと………護星界に道は通じないそうでして」
 ダイゴヨウの説明に、流ノ介の手が思わず、土手の草を握りしめた。
「………まさか」
 しかし、そこで流ノ介は首を振る。
「いや、そんな馬鹿なことがあるはずない」
 流ノ介の独りごとに、源太が口をはさむ。
「いいや。お前の考えていることは当たっている。そうだ。丈ちゃんの『火』のモヂカラで、ブレドランは、護星界への道を拓こうとしたんだ」
 源太の言葉に、流ノ介は目を見開いた。
「数百年に一度の、太陽フレアのものすごい大爆発。そのエネルギーに、殿さまのモヂカラは匹敵するって………ことです」
「………まさか………そんなことあり得ない」
 いくらなんでも信じられないと断じる流ノ介に、源太はさらなる事実を突き付ける。
「まあ、ゴセイパワーがない分、ブレドランと一緒に出てきたマダコダマってアヤカシ野郎が、天に水蒸気の巨大レンズを作りだして、丈ちゃんのモヂカラの炎をさらにパワーアップしたみたいだけど、な」
「それでも、ですよ。マダコダマの巨大レンズを、護星天使5人分のゴセイパワーとしても………やっぱり、殿さまのモヂカラは、数百年に一度の太陽フレアに匹敵する………ってことになる………って、データスさんが仰ってたんで」

 そこまで聞いた時、流ノ介の脳裏に、鮮やかな映像が蘇る。
 ブレドランとの最後の闘いの前、轟音と共に、天空をまっすぐに貫いた光の筋。あれの正体が、丈瑠のモヂカラだったのか。
「殿が意識を取り戻された時にブレドランが………言っていたのは、そういうことか」
 ここまで聞いてやっと、闘いの中でいくつか疑問に思っていたことが、納得できてくる。
「丈ちゃんに、もう用はない、とか………言っていたよな」
 ここまで符号があったとすれば………
「………事実なのか」
 がっくりと肩を落とす流ノ介。
 源太は、川面をじっと見つめていた。
「データスさんは、地球のあらゆる環境条件を常にスキャンして解析しているそうでして。そして邪悪な敵の行動も察知できる、護星界の御使いです。そのデータスさんがそう言うんですから、事実でしょう」
 データスの優秀さを伝えたいダイゴヨウだったが、それは流ノ介の気に障っただけだった。
「相変わらずお気楽な奴らだ。こんな話をわざわざ………だいたいデータスってのは、『侍』にしても、ろくなデータを持っていなかったからな。あいつの解析結果とか聞くと、あまり信用したくない」
 流ノ介は不愉快そうに、ダイゴヨウから顔を背ける。
「あ、あの………それは………ですね。データスさんにも不得意分野はありまして………」
 データスから、流ノ介と初対面の時にあったことを聞かされていたダイゴヨウは、思わず口ごもってしまう。そもそも、ここから流ノ介とゴセイジャーのボタンの掛け違いは、始まっていたらしい。
 





 土手に座り込んで黙りこくる二人と、手持無沙汰にそこらへんを飛び回るダイゴヨウ。
 いくら陽射しが暖かでも、かすかに出てきた川面を吹き抜ける風は、冷たい。そんな風が、彼らの間を吹き抜ける。

「流ノ介」
 やがて源太が意を決したかのように、川面から視線を流ノ介に移した。
「俺、怖いんだ。丈ちゃんも………怖いんじゃないだろうか」
 待っていましたとばかりに、ダイゴヨウも、源太の前まで飛んでくる。
「殿さまは、ブレドランに操られていた時の記憶はあるんでしょうか。いや、つまり、太陽フレア並みのモヂカラを発動された記憶は………」
 源太が目を瞑って首を振る。
「ない方が………いいんだがな」
「私の経験では………」
 流ノ介が、視線を落したまま、口を開いた。
「あるかも知れない」
「え?経験………ですか?」
 ダイゴヨウがオウム返すと、源太も、流ノ介の顔を覗き込んでくる。それに流ノ介は、忌々しそうに眉を寄せた。
「源太が来る前のことだが、私も………不覚にも、アヤカシに操られたことがある」
 流ノ介の思いがけない告白に、源太とダイゴヨウは、思わず顔を見合わせた。
「その時は、殿のモヂカラで助けて頂いた。助けて頂いた直後は、あまりはっきりしなかったのだが、後から少しずつ、その時のことが思い出されてきた」
「そ、そうなのか?」
 源太は、ごくりと唾を飲み込む。
「………操られていた時のことは、夢の中のようではあるが………最終的には、かなり………いや、殆ど思い出した。殿と闘ったことも含めて………」
 言葉を選びながら語る流ノ介。それは流ノ介の中では、どのように消化された事柄なのだろうか。
「じゃ、じゃあ、殿さまも?」
 しかし流ノ介は、それには答えなかった。

 源太はため息をつくと、後ろ手をついて空を見上げた。
「覚えているのなら………丈ちゃん………落ち込んでるだろうな。それに………」
 そこで途切れた言葉を、横にいた流ノ介が繋げた。
「己のそんなあり得ないほどの力に、戦慄している、か?」
 しかし源太は頷くでもなく、否定するでもなく、ただ空を見上げる。
「それは………ないとも言えんが」
 そんな源太に倣って、流ノ介も空を見上げた。


 流ノ介は思う。
 丈瑠が戦慄するとしたら、今聞いたような、信じられないほど強大な己の力に、ではないだろう。むしろ丈瑠は、この世を守るために、出来得る限り強大なモヂカラを身につけたいと思っているはずなのだ。
 だから、そうではなく。多分、丈瑠が戦慄するとしたら、それを持つ己の器量の方だろう。丈瑠に、操られている時の記憶があるのならば、丈瑠は痛感したはずだ。自分は、自分の持つモヂカラに相応しい器ではない、と。そうなってくると、今度は強大な力も、戦慄の対象になってくるのかも知れないが。
 しかしそれでは実際、数百年に一度の太陽フレアの大爆発に匹敵するような、異常なまでの力、それに相応しい器などというものは、存在するのか?丈瑠のそのモヂカラ自体が、殆どあり得ないほどの暴走状態であり、その暴走状態を受け入れられる器など、果たして、この世に存在するのだろうか?
 それでも丈瑠は、感じたはずだ。暴走状態にしろ何にしろ、あのモヂカラが普通の人々に向けられた時、どのようなことが起きるのか。その時、己で己を止められないのならば、丈瑠を止められる者は、他に存在するのか。

 侍たちが抑止力にならないことは、今回の闘いで、丈瑠も思い知っただろう。そうなると、唯一、志葉薫が、その候補に挙がっているかも知れない。しかし丈瑠は、薫にそんな真似はさせたくないだろう。

 そうなると。
 丈瑠がこの話をどこまでも突き詰めて行ったら………






 ときおり吹く風は相変わらず冷たいが、見上げる空は青く澄み、気持ちの良い午後だった。

 しかし、源太とダイゴヨウから話を聞いてしまった今、流ノ介の心は、奈落に突き落とされたように真っ暗だった。
 よくも、データスは余計な話を持ち込んでくれたものだ、と流ノ介は思う。それでなくとも、流ノ介は答えの出ていない難問を抱えているというのに。いや、その難問を解かぬうちに、同じ問題がもっと大きな問題となって、返って来たと言うべきか。
「つまり………どうあっても、答えを出さなくては、ならないということだ」
 流ノ介に関してだけ言えば、そういうことだ。しかし一方で、丈瑠に思いを馳せれば、丈瑠は今、流ノ介などとは比べ物にならないほどの深い闇の中に、いるのだろう。そして、そこでもがいているに違いないのだ。しかも、そのような悩みを丈瑠が家臣たちに見せる訳もない。丈瑠が誰にも相談することなく、独りで結論に辿り着くとしたら、その結論がどんなものかは、それこそ火を見るよりも明らかだろう………

「殿のためにも………私が、結論を出さねばならないのか。もしもの時には、私は………」

 しかし、私にそれが可能なのだろうか?
 私に、そんな力があるのか?

 だが、考えているばかりでも、仕方がない。そして何より、丈瑠のことが、とてつもなく心配になってきた流ノ介だった。こうしている間にも、丈瑠が何か、早まった真似でもしないかと、焦りが出てくる。
 流ノ介は、暗い気持ちを振り切るように、立ちあがった。
「とにかく、行こう。まずは殿にお会いして、ご挨拶をしなければ………」
 そう言って、傍らの源太に目をやると、源太がまっすぐに流ノ介を見つめていた。流ノ介も黙って見返すと、源太が大きく息を吐いた。
「流ノ介」
 今まで見たこともないほどに、真面目で硬い表情の源太だった。
「何だ?」
 返す流ノ介の顔も、強張ってくる。
「丈ちゃん、支えてやってくれよ。お前なら………」
 源太は立ち上がりながらそう言うと、流ノ介の両肩に手を置く。そして、そのまま俯いてしまった。その様子は、一年前、志葉屋敷で源太に縋られた時のことを、流ノ介に思い出させた。流ノ介の中で、不安が掻き立てられる。

 丈瑠に何かがあった時、自分一人では無理でも、仲間がいてくれれば、もしかしたら何とかなるかも知れない。そう流ノ介が思った仲間の中には、もちろん源太も入っている。何と言っても源太は強い。剣術や技もだが、気持ちが特に。
 シンケンジャーの中でナンバー2を自称する流ノ介だったが、そのナンバー2とは、志葉家家臣四人を対象としたものだった。源太は、そんな順位とは別の場所にいる、けれど、とても心強い仲間なのだ。それなのに………?

「源太?何を言ってる?お前だって、共に殿を支えるんだろう?」
 それに源太は俯いたまま、小さく首を振った。
「源太!?」
 思わず、叫んでしまう流ノ介に、源太はやっと顔を上げる。その顔には、寂しそうな笑みがあった。
「もちろん………そうなんだけど、な」
「じゃあ、どういう意味だ!?」
 責めるような流ノ介の言葉に、源太はまたも苦笑した。
「丈ちゃんに何かあったら、そりゃもう、俺は何があっても飛んで来る。………それは、ずっと永遠に、生きている限りそうなんだけど………」
 そこで源太は、再び俯いた。
「俺はほら、そんなに遠くないうちに、パリに戻るし………ずっと丈ちゃんの傍にはいられないんだ」

 ああ。そうか。

 流ノ介には、源太の言いたいことに、やっと合点がいく。
 源太には、進みたい道がある。それは流ノ介の歌舞伎と同じようなものだ。
 流ノ介は、志葉家の家臣として、歌舞伎の道を歩んでいても、志葉家に縛られる部分がある。しかし、源太にはそれがない。ないからこそ、源太も辛いのだ。
 源太としては、いつまでも丈瑠の傍で、丈瑠の窮地を救ってあげたい。しかし、そればかりをしている訳にはいかないのだ。源太には、源太の、志葉家に縛られない人生があるのだから。それを全うすることも、また、侍たちとは違う角度で、丈瑠を支えることに他ならない。
 源太は、侍として、丈瑠の家臣として、丈瑠の傍に仕えるよりも、今までの自分の立ち位置を守っていることの方が、丈瑠に何かがあった時に力になれると確信しているのだ。
 しかし、そのためには、丈瑠と離れてしまうこともある。

「源太」
 そうは言っても、流ノ介も言えない。
 まかせておけ!安心しろ!とは。

 だが、源太の言いたいことは、それだけではなかった。
「だから………何て言うか、こう………俺がパリから駆け付けたんじゃ、肝心な時に間にあわねぇってことも………あるよな」
 そこまで来て、突然、源太が顔を上げた。そして、必死の形相で、流ノ介に喰いかかるように迫ってくる。
「そういう時………頼むよ。頼むから、丈ちゃん………お願いするよ」
 そう言ったかと思うと、源太は突如として、遊歩道に跪いた。
「流ノ介!!お願いだ!丈ちゃんのこと………いや!志葉丈瑠を!!お願いします!」
 そう叫ぶと、源太は額に土が付くかと思うほど、頭を下げた。


 呆気にとられる流ノ介。
 しかし、流ノ介は、源太の思いに応えられなかった。
 源太が土下座までした瞬間。流ノ介は、源太が本当に言いたいことが、判ってしまったのだ。

 源太が望んでいる願い。
 源太が間にあわない時とは、肝心な時とは、何なのか?
 その時に、丈瑠を、流ノ介にお願いするという、その意味は………

 間にあわないとは………丈瑠や流ノ介が敵にやられるという意味でもなければ………
 お願いするとは………闘いの場において、流ノ介に丈瑠を補佐してくれと言っている訳でもない。
 源太が言っているのは、もっと、ずっと切実な話なのだ。例え、流ノ介がそうであるべきと考え、丈瑠がそれを事前了解していたとしても………

 それは、流ノ介が答えを出したくない難問について、なのだ。そして、流ノ介が出そうとしている難問の答えと、源太が望む答えは違うのだ。その答えの違いは、流ノ介と源太の違いに、直結する。

 流ノ介が何も言わないからか、土下座したままの源太。
 そんな二人の間を、まるで何かを暗示するかのように、とても冷たい風が吹き抜けて行った。











小説  次話






長い!!
って、ばっさり斬られてしまいそう A^^;)

いや、ここまで来たら、
流石に次回は、シリアスから脱却する………
はず……(ToT)

2011.02.27