志葉家ver

我が征くは星の大河 6












「ごめん!………本当に、ゴメン!!」
 池の傍らの芝生に座り込んで、頭を抱える丈瑠。その横で、膝立ちになった千明が両手を合わせて、丈瑠に必死に謝り続ける。
「………」
 しかし丈瑠は無言だった。胸の内に、様々な想いが渦巻きすぎていたためだ。

 そもそも、千明に頭突きされた顎は痛むし、それで脳しんとうを起こしたので、吐き気がした。その上、こんな場面でこんな不覚を千明に対して取ってしまうとは、情けなすぎる………という思いが、ますます丈瑠を落ち込ませる。
 もし、これがドウコクと闘っている時だったら。そして、これを彦馬に見られていたならば。彦馬は、侍たちがいなくなった時を見計らって、必ず丈瑠に何か言って来たことだろう。
 しかし最近の彦馬は、丈瑠にそういった小言めいたことは、一切言わなくなった。それは、何を意味しているのだろうか………

 そんな風に、考えなくてもいいことまで、次から次へと頭に浮かんできてしまう。それでなくても無口な丈瑠が、ますます口を開きたくなくなるのも無理はなかった。
 しかし千明は、それを許してくれなかった。
「それで、あの………とりあえず大丈夫ならさ………」
 大丈夫などと一言も言っていないのに、勝手に大丈夫なことにして、猫なで声で下から丈瑠を覗き込んでくる千明。
「これの話………続けてもいい?」
 そう言って差し出されたのは、先ほどから千明が大事そうに抱えている大学ノートだった。丈瑠は、大きなため息をついた。
「………なんだ?」
 それでも、こう言ってしまうのは、志葉家当主として、幼いころから自分の感情を抑えつけることばかりを習ってきた丈瑠の性。千明の方を向きもせず、俯いたまま言った、たったそれだけの丈瑠の返事に、千明が破顔した。






「あのさ、俺、正月明けに、青山劇場に舞台見に行ったんだ。それって古いスペースオペラなんだけど、すっごく感動したんだ」
 千明が嬉しそうに語る。それを俯き気味のまま、横目で見る丈瑠。
「それで、俺、あること考え付いて」
 千明の瞳は、まるで少年の瞳のように、きらきらと輝いていた。
「………舞台………歌舞伎とか能とかか?」
 そんな千明を見ていて、丈瑠の中に湧き上がってくる、とりとめのない疑問。
 果たして千明が、歌舞伎や能を観劇するものだろうか?それに、一週間前のブレドランとの悲愴な闘いも、千明の中では、もう既に過去の出来事でしかないのだろうか。
 頬を染めて少し恥ずかしそうにしている千明。そんな千明は、丈瑠の目には、何の屈託もないように見えた。
「………青山…劇場?千駄ヶ谷の…国立能楽堂とかじゃなくて、か?」
 それとも千明は、あの闘いを、なんとも思っていないのだろうか?丈瑠にあんなことがあっても、千明の夢見るような瞳は、曇ることはないのか?
 それはそれで、丈瑠としては、幾分か安心する面もある。それが誰であろうと、自分を絶対視して欲しくない丈瑠としては。
「それに………スペースオペラ?って何だ?」
 千明に生返事をしながら、丈瑠の思考は、次々に脈絡なく飛んでいく。

 それとも?
 あの闘いでの問題は、俺一人の問題。千明は、そう考えているのだろうか?
 千明にとっては、俺があんな風になったのも、今となっては気にするほどのことでもない?
 いや。俺は、千明だってこの手で殺しかけたのだ。千明が、それを簡単に忘れるなんてことはない………はず。

 丈瑠の脳裏に浮かんでくる、あの時の千明の瞳。
 敵の術中に陥っていたため、全体としてぼんやりとしているが、それでも部分部分では、あまりにも鮮明に、丈瑠の脳に刻み込まれている記憶。
 シンケンジャーへの変身を放棄したかのように、何もせずに佇む流ノ介や千明、茉子、ことは、そして倒れたアラタの上に、丈瑠が烈火大斬刀を振り降ろそうとした、あの時。
 整った顔を歪め、目を細め、不審とやるせなさに満ちた、千明の瞳。その瞳は、真っ直ぐに、丈瑠を見上げてきていた。あの時、千明の瞳にくっきりと映り込んだ自分の姿を、丈瑠は覚えている。シンケンレッドとは似ても似つかぬはずなのに、妙にしっくりと馴染んだ姿。闇に堕ちた丈瑠の、外道となった黒い姿………

 志葉家の当主が!
 外道を討つ使命を帯びたシンケンレッドが!
 外道に堕ちるなんて、あり得ないじゃないか!
 だから千明だって、こんな俺が前と変わらず、同じ立場にいることに疑問を持っていいはず。

 しかし、再び見つめた千明の顔は、やはり明るかった。

 本当に千明は、あの闘いのことなど、どうでもいいのだろうか?
 そうだとすれば、なんとも羨ましいことだ。

 そこまで考えて、丈瑠は気付く。考えてみれば、丈瑠はずっと千明が羨ましかったのかも知れない。そう。もうずっと前。家臣である四人を招集した直後から、丈瑠は、流ノ介でも茉子でもことはでもなく、千明が羨ましかったのだ。

 でも………羨ましい?
 千明のどこが?

「丈瑠!?聞いてるのかよ!!」
 考えごとに没頭する丈瑠を、千明の腕が揺さぶった。
「………え!?あ、ああ」
 丈瑠の暗い瞳が、やっと千明の明るい瞳に向かい合う。それに千明は、またにっと笑った。
「スペースオペラっつーのは、お話の舞台は宇宙なんだけど、やってることは中世じゃんよ!みたいなSFの皮かぶった、『なんちゃって歴史もの』のお芝居のことだよ」
「あ。ああ………歴史もの………の芝居か」
 興味の湧かない話に、いまひとつ乗れない丈瑠だった。しかし千明は、そんな丈瑠にお構いなしに話を進める。
「つまるところ、群雄割拠の英雄伝説だよ。まあ、時代が未来で、場所が宇宙の『三国志』とでも思ってもらえば………」
 そこで千明が少し、戸惑ったような表情をした。
「………『三国志』は……知ってるよな?」
 恐る恐るといった風情で、丈瑠の顔色をうかがう千明。何を怖れて、そんな顔をしているのか。丈瑠には想像がついた。
「漢文でやった」
 丈瑠はそっけなくそう答えた後で、
「家庭教師に習った」
 とも付け加える。きっと千明が気にしていることだろうから。

 一年前の春。
 この庭の奥で催された花見の席で、義務教育も含めて、丈瑠がまともに学校に通ったことがないと聞いた時の、千明の表情。それが、丈瑠の脳裏に蘇る。
 様々な感情が、幾重にも押し寄せていたのであろう、あの時の千明。それは、見ている方が辛くなるような顔だった。
 あの時の千明の表情で、丈瑠は知ったくらいだ。学校に行かないとは、それほど普通とは異なることなのか?と。
 しかし当の本人である丈瑠は、学校に行けなかったことについて、特にどんな感情も持っていなかった。志葉家に入ったのが小学校入学前だったこともあって、学校に行くのが当然という意識もなかった。それに、学校に代わるものとして、各科目、それぞれの分野の専門家が、家庭教師として丈瑠の教育に当たっていた。
 志葉家の当主として必要な学問。外道衆と闘うためのモヂカラの修行と剣の稽古。それらで、幼い丈瑠の日常は埋め尽くされていた。あの頃の丈瑠に、暇な時間など、少しもなかったのだ。僅かでも時間が空けば、それはすぐに、強くなるための訓練に振りかえられた。土曜も日曜も関係なく、繰り返される訓練を休むことができるのは、丈瑠が体調を崩した時に限られた。
 丈瑠が通うことにより、学校が外道衆に襲われるかもしれない。そのような危惧も確かにあった。しかし、それがなくとも、丈瑠には、学校に通うような時間的余裕はなかったのだ。

 丈瑠の返答に、千明が目を見開いた。
「………そう、か。そりゃまた本格的………だな」
「普通に学校でもやるんじゃないのか?三国志演義くらいは」
 丈瑠が突っ込みを入れると、千明が頭を掻く。
「あーー?えっと?そうだっけ?あーーやったかも?でも、丈瑠が読んだのは、白文………だよな?」
「普通、そうだろう」
 丈瑠の怪訝そうな顔に、千明が苦笑いをする。
「いや〜俺は、漢文て言うか、白文がすっげー苦手でサ………全然読めなかったんだよね」
「お前、古文書は読めただろうが」
「いや。そっちはまあ、似たようなフレーズも多いし?まあ………なんとか、な。俺の知ってる三国志はゲームとかだし………ってか、そんなことはどうでも良くって………」
 そう言って千明は、自分から振ったその話を、強制終了させた。千明の古文と漢文の成績が、どんなものだったかまで、想像できてしまう丈瑠だった。それでも、志葉家の古文書は、なんとか読める千明だから、褒めてやらねばならないのかも知れない。






 千明は、咳払いをすると、改めて丈瑠の前にあぐらをかいて座り込む。
「それで俺、人の台詞とか覚えるの得意みたいで、その舞台を1回見ただけなんだけど、なんとなーーく覚えてきたから、それをちょっとだけ脚色して、ノートに書いてみたんだ」
「そうか。漢文が苦手でも、現代文は得意なのか」
 めったにない丈瑠の嫌みに、千明が目を見開く。
「いや………まあ、それは置いといて。その舞台を、丈瑠とかみんなと演りたいんだ」
 さらりと言われた、その言葉を、丈瑠は理解できなかった。
「やる………?」
 殺る?いや、まさか?
 丈瑠が首をかしげるのを見た千明が、嬉しそうに笑う。
「みんなで、劇を演ろうってこと。そしたら、丈瑠もいろいろ………気分も変わるんじゃないかって思う」
 千明の言葉は、丈瑠にとっては、ますます難解になって行く。
「劇を………やる?気分が変わる?」

 確かに、丈瑠は今、真っ暗な闇の中を歩いているような気分だった。否。それは、気分ではなく、多分、真実。だが、その気分だけを変えればいいこととは思えない。
 これについては、考えて、考えて、答えを出さねばならないことなのだ。
 それに、どうして、三国志をみんなで演じることで、その気分が変わるのかも、さっぱりわからない。

「千明。お前が何を言ってるのか、俺には………」
 目を瞬きながら、困惑する丈瑠だったが、千明はそれを無視する。
「それに、姐さんやことはも、源ちゃんも、爺さんに呼ばれて緊急に戻って来ただけだから、またみんな、アメリカやフランスに帰っちまうだろ?」
 丈瑠は、その言葉にはっとした。

 彦馬が緊急に呼び戻した家臣たち。
 きっと彼らは、何をおいても丈瑠のもとへと駆け付けて来たに違いない。それで彼らに、何がしかの不利益があったとしても、彼らはそんなことがあったことすら、口にしないだろう。
 丈瑠………志葉家は、その家臣たちに、いつも犠牲を強いている。そんな侍たちに、丈瑠はまだろくに挨拶もしていないのだ。あの闘いの最中に謝罪はしたが、まともに会話したのは、それと帰路での、他愛のない会話くらいだ。
 もちろん、それは目の前の千明も同じ。千明は他のメンバーと異なり、かなりの頻度で丈瑠に会っていると言っても、招集がかかって来てくれた話とは、まだ別だ。

「そうか。そうだったな」
 丈瑠が俯きながら呟くと、千明がにっこりと微笑む。
「だから、みんなが帰っちまうその前に、どうしても『みんなで一緒に』これを演りたいんだ」
 そう言って千明は、大学ノートの表紙を叩いた。丈瑠が大学ノートを凝視し、次に千明を見つめると、千明は頷く。
「みんなで力を合わせて。丈瑠と俺らで………」
 そこで千明の視線が宙を彷徨う。
「……えっと………ま、つまり、殿さまと家臣………でサ、演りたい訳よ。ひとつのことを」
 そこまで言うと、千明は丈瑠から顔を隠すように俯いてしまった。

 千明の言いたいことが、ほんの少しだけ理解できたような気がした丈瑠だった。






「そうか………」
 丈瑠が呟くと、千明が勢いよく顔を上げる。
「な!そういう訳だから、丈瑠も頑張ってくれよな!?」
「………えっ?あ、いや。お前が言っていることは判ったが、俺は劇なんて………」
 しかし千明の嬉しそうな顔を見ると、迷惑をかけたと言う気持ちが今も胸の内に渦巻いている丈瑠には、それ以上、何も言えなくなってしまう。
「『みんなと協力して演りたい』っつったら、爺さんも大賛成で、爺さんも出演してくれるって言ったから」
「………え?」
「黒子ちゃんも必要なら貸してくれるって」
「………は?黒子?じゃあ、やっぱり歌舞伎か?それなら、流ノ介に………」
「もちろん流ノ介にも出てもらうけど、丈瑠も演るんだよ。俺、完璧なキャスト案作ってきたから。丈瑠はもちろん主役。殿さまだしな。常勝の天才役、将来の皇帝役をあげるから」
「は?常勝の天才?皇帝?………それは、嫌みか?………いやいや、その前に爺が参加だと?………っていうか、そもそも俺に、劇なんかできる訳ないのに、どうして………」
 呆然とする丈瑠だったが、既に、志葉屋敷内での根回しは済んでいるらしい話に、まともな言葉が出てこない。口をぱくぱくさせつつ、涙目になりかける丈瑠の肩を、千明が優しく叩く。
「大丈夫だって!丈瑠は主役だけど、たいした台詞ないから。ただ、頷いてりゃいいんだから。なっ?」
 それでも、丈瑠は無言のまま、ふるふると首を振った。

 往生際の悪い丈瑠に、今度は、千明がため息をついた。
「やればきっと、演って良かったって、思うから。なっ?」
 まるで慰めるかのような言葉だが、丈瑠は納得できない。
 千明の丈瑠を思う気持ちはありがたいような気もするが、この提案は、全くありがたくないのだ。剣とモヂカラ、闘うこと以外に芸のない丈瑠としては、演劇など、もってのほかだ。
「………できない。俺は絶対にできない。演らないぞ!」
 泣きそうな声で、堅い決意を告げる丈瑠に、千明が呆れたような顔をする。
「そんなこと、言うなよ。みんな、演る気、まんまんなんだからサ」
「み、みんな!って、誰のことだ!?それに、やっぱり、こんなことをする意味がわからない!!」
 完全にパニックに陥っている丈瑠。その目尻には、本当に涙が滲んでくる。さすがの千明も、これではまずいと思ったのか、今度は下手に出る。
「だから、大丈夫だって!さっきも言っただろ?三国志みたいな英雄がいっぱい出てくる話。丈瑠の得意な漢文の世界だから、な?」
 かなりの嘘を交えながら、千明は丈瑠を説得しようとする。
「ただ、その話の時間軸が未来ってだけの話の舞台を演ろうっての。題して『銀河英雄伝説』って言うんだけど、丈瑠がそれが嫌なら、『三国志』に変えてもいいから。なっ?」

 丈瑠は、不審に満ちた目で、千明を見つめた。
「………三国志?英雄伝説………?劉邦とか項羽、曹操とか、諸葛孔明とか………出てくるのか」
「………う〜ん、まあ。そういう感じかな」
 千明が苦笑いをする。
「ちょっ〜と違うかもしれないけど、まあ、そう思っててくれてもいいか」
 頭をぽりぽり掻きながら呟く千明の言葉は、合っていような、合っていないような、そんなものだった。しかし丈瑠は、それを信じるしかない。
「そうか。爺が…好きそうだな。それで爺がOKしたのか………いや、でも俺は遠慮して………」
 それでも、逃げ腰の丈瑠の肩を、千明がぐいっと引き寄せた。
「大丈夫だから。安心しろって。俺も丈瑠に、そんな多大な期待なんかしていないんだから」
 そう言うと、千明は丈瑠を肩ごと、自分の胸の抱き込む。
「丈瑠はあんまりすることないようにしてある。なんなら、もう、舞台の真中に突っ立てるだけでいいよ」
 その提案に思わず気が抜けた丈瑠は、安心したせいか、千明にされるがままに千明の胸に顔をうずめた。しかし次の瞬間、新たな疑問が、頭をよぎる。
「ぶ………舞台?舞台って、どこで演る気だ?」
 珍しく大人しい丈瑠がおかしいのか、ことさら丈瑠を抱きしめる千明だったが
「あ?舞台?爺さんが、庭の奥の能楽堂貸してくれるっつーから、そこで演ろうと思うんだ」
 この言葉に、丈瑠はおもいきり反応した。
 丈瑠は千明を突き飛ばす。芝生の上に転がった千明に向かって、丈瑠は立ちあがり、叫んだ。
「の、能楽堂!?おい!!言っておくが、俺は流ノ介じゃない。お、お、踊れないぞ!?う、歌いも絶対にダメだからな!!!!」
「だから丈瑠には、何にも望まないって」
 千明はゆっくりと身体を起こすと、目の前の丈瑠を見上げた。言葉や態度とは裏腹に、何をやらせられるかと怯える丈瑠の姿に、微苦笑が漏れる。

 学校に行くこともできず、幼いころから、大人の中で、同じことの繰り返しだけで育ってきた丈瑠。
 そんな丈瑠は、「新しいこと」「やったことのないこと」にかなりの抵抗があるようだ。それは、ドウコクと闘っていた時から、千明も薄々感じていたことだった。
 戦闘に関することならば、どんな新手の敵でも、見たこともない敵の技にも、怯むことなく向かって行く丈瑠だった。しかし、日常的にやったことないことを避けたがる性質は、丈瑠がもって生まれたものなのか。そして、そこに志葉家の古来からの頑なな教育が加わり、丈瑠のそんな性質を、さらに強化してしまったのだろうか。
 今でも、気絶してしまうほど、遊園地のお化け屋敷が怖い丈瑠。きっと丈瑠は、本当はとても臆病なのだ。それでも外道衆との闘いだけは、そんな臆病さすら、意志の力でねじこめてしまっているのだろう。
 確かに、こんな丈瑠が、もし志葉家の外に放り出されたら、生きて行くのにかなり苦労するかも知れない。

 丈瑠のそんな気質を考えているだけで、重苦しい気持ちになってしまう千明だった。
「そこらへんは、芸達者な流ノ介とか、何でもこなしそうな源ちゃんとか姐さんにやらせる。ことはと丈瑠は、まあ、立って頷いてりゃいいよ」
 服についた枯れた芝生を払いながら、千明が告げる。
「いくら何でも、丈瑠だって、立って頷くくらいはできるだろ?」
 もともと丈瑠に、そんな高度な技を要求するはずもない。忘れもしない。あの正月の隠し芸大会での丈瑠を、千明は知っているのだから。
「待て!!お前、立っているだけだってな!俺は………。っ!」
 そこで丈瑠は頭を押さえた。
「おい?大丈夫か?」
 屈みこむ丈瑠に、驚いた千明が駆け寄る。丈瑠は顔を歪めながら、頭を振った。
「………お前の話を聞いていたら、なんだか顎だけじゃなくて、やっぱり頭もくらくらしてきて、吐き気も酷くなって来たような………」
 それに千明は、これみよがしのため息をついた。






 千明は、丈瑠の傍から立ちあがると、丈瑠から少し離れた梅の木の傍まで行く。その枝にびっしりとついた膨らんだ蕾を見つめながら、千明は、最後の爆弾を落とす。
「それでな。やっぱ観客ないとつまんないだろ?」
 頭痛を払うように、頭を振っていた丈瑠の身体が、ぴくんと止まる。
「だから、この前、ほら、迷惑かけちゃったじゃん?護星天使の奴ら」
 丈瑠の顔が跳ね上がり、千明の後ろ姿を見つめた。
「あいつらを招待して、見せてやろうかと思って、さっき連絡しちゃったから」

「はあああああーーーーーー????」
 志葉家の広大な庭に、丈瑠の悲鳴が響き渡る。
「ゴセイジャーに、見せるぅぅぅ!?」
 そこで振り返る千明。満面の笑みをたたえた顔で、千明は丈瑠に頷く。
「ぶっつけ本番で、あいつらに『銀河英雄伝説』を披露するの明日だから」
「いや、待て!千明!!」
 これ以上ないというくらい、慌てふためく丈瑠。しかし千明は、そんな丈瑠を完全に無視する。
「もうすぐ、みんな来てくれることになってる。キャストだけは、今日中に知らせて、今晩中に台詞を覚えてもらうからな」
 それだけ言うと、呆然と固まる丈瑠を置いて、千明は舞台になる能楽堂に向かって歩きはじめた。

 独り芝生の上に取り残された丈瑠は、完全な思考停止状態となってしまうのだった。

















小説  次話






お話をさぼっている間に、とんでもないことが起きてしまいました。


2011.03.11 東日本大震災。
きっと忘れることのできない日になるのでしょう。
明日が、今日の続きではなくなってしまう世界を、目のあたりにしました。
生まれて初めて経験する、大きな地震。
TVで見るところの、どんな映画をも凌ぐような津波。
そして、悪夢のような原子力発電所の破壊。

被災された皆さまが、
一日も早く安心して日々を過ごして行けるように祈るとともに
私もできることを、していきたいと思います。

まずは、仕事。
今こそ、被災しなかった地域の私たちが、頑張らないといけないでしょう。
そうしないと、日本自体が潰れてしまうかもしれません。
そして節電、必要な物だけを買う、等々。もちろん、募金も。

平和で平穏な毎日が、どれほど愛おしく大切なものかを
身に沁みて感じる日々です。


この気持ちを胸に、またお話を書いて行こうと思います。


2011.03.27