志葉家の能楽堂は、屋敷からはかなり離れた場所に建っていた。 先ほど流ノ介たちが迷い込んでいた藪とはかけ離れた、手入れの行き届いた雑木林。その横に作られた、砂利敷きの大きな広場。その広場に、かつては座を設けて観客席にしていたのだろうか。広場を前にした能楽堂は、源太が言っていたように、由緒ありそうな建物だった。 「はぁ。すごいちゃんとしてる舞台………」 広場の入口に立つ四人のうち、ことはが一番先に声を上げた。 「それに、かなり古そうね………」 その横で、茉子が眉をひそめる。 「大丈夫だろ!ちゃんと黒子ちゃんたちが、掃除してくれてるに違いない!!」 茉子の横で源太が、大げさに頷く。その源太の後ろから、流ノ介が前に歩み出た。まっしろな砂利を踏みしめながら、独り広場を進んでいく。やがて広場の真ん中で立ち止まると、流ノ介は、能楽堂をゆっくりと見上げた。 「これが………代々のシンケンブルーが舞を披露してきた舞台」 感動のあまり、それ以上声の出ない流ノ介の後ろに、茉子やことは、源太もやって来る。そして、そこに立つ流ノ介が涙ぐんでいることを知って、誰もが笑いを噛み殺すのだった。 「だ〜か〜ら!!もう、諦めろってば!」 その時、能楽堂の舞台の裏から、大きな声がした。 「手を放せ!!千明!」 「放さねぇよ!放したら、お前逃げるだろうが!!」 「そんなの、当り前だろう!!」 誰がどう聞いても、丈瑠と千明の声だ。その上、揉めているのまで明らか。思わず、茉子たちは互いに顔を見合わせた。 「もうすぐみんな来るって、爺さんが連絡して来たんだし、おとなしくしてろよ!」 流ノ介や茉子が声のした方向に顔を向けると、そこには、千明に引きずられるようにして、舞台に出てくる丈瑠の姿があった。 その姿を見た瞬間 「と!殿〜!!」 流ノ介は叫ぶが早いか、全てを忘れたかのように、丈瑠の傍へと駆け寄る。 「お!流ノ介!?あ、姐さんたちも!?」 嬉しそうに微笑む千明など目に入らぬといった風情で、流ノ介はひらりと舞台に舞いあがると、千明を軽く突き飛ばし、呆然としている丈瑠の前に、瞬時に正座した。 「殿!お久しぶりでございます〜」 そう叫び、平伏する流ノ介。 「彦馬さんより体調はご回復のことと承りましたが、今日のご気分は如何でしょうか〜!!」 それをまた、さも嫌そうに受ける丈瑠。 「悪い!」 丈瑠の簡潔すぎる答えに、流ノ介はぱっと顔を上げて、丈瑠を凝視した。 「………悪い、ですと!?」 そう言うが早いか、流ノ介は立ちあがり、 「確かに、お顔の色が良くありません。まさか千明との言い争いで、またぶり返えされたのでは!?」 そう言いながら、丈瑠の額に手を当てようとする。当り前だが、それを丈瑠が避けようとした。しかし流ノ介は、それに気付かないのか、気付いていても、気にならないのか。 「殿!とにかくまずは、ここに横になられて」 と、丈瑠を舞台に寝かせようとする。 「止めろ!放せ!!放せってば!!」 そんな流ノ介から、逃げようとする丈瑠。 「今、彦馬さんに連絡しますので、それまでは………殿!!」 そんな丈瑠に覆いかぶさる流ノ介。その腕から逃れる丈瑠。追う流ノ介。 「殿〜〜!!お待ちくださ〜〜い!!!」 やがて二人は、流ノ介の叫び声と共に、舞台に続く廊下−橋掛かり−の奥へと消えて行ってしまった。 「何、あの二人………」 傍から見れば、漫才である。 そんな二人の様子に、突き飛ばされた千明も、舞台袖までやって来た茉子と源太も、くすりと笑う。 「あーーあ、丈瑠、逃げちゃったよ」 「あっちに何かあるの?」 茉子が、橋掛かりの奥に目線をやる。 「あっちには控室になってる部屋がたくさんあるから、そのどっかに逃げてったんだろ。しっかし往生際悪いね、丈瑠は」 丈瑠の気持ちとは裏腹に、なごやかな雰囲気が漂う。 「でも、流さんて、相変わらず。ほんまに殿さまが好きなんやなぁ」 ことは一人が少し離れた場所で、感慨深げに呟いた。それに茉子が、ふんわりときれいに微笑んだ。 「あれはまた、特別。言葉通り、本気で『殿さま命』だからね、流ノ介は」 茉子の言葉に、源太がわざとらしく首を傾げた。 「あれれ?茉子ちゃんや、千明」 そして、源太はことはも振り返る。 「ことはちゃんだって、そうなんだろ?『殿さま命』」 冗談めかした問いに聞こえたが、源太の顔は微妙に強張っていた。それに千明は肩を竦め、茉子はまたも、謎めいた微笑を返す。 「………えっ?まさか、違うとか言っちゃったりする訳?冗談でしょ?」 源太の上擦るような声は、言葉の内容とはかけ離れていて、 「お、お前ら!一年前とは違うとか………言わないよな」 源太が実は真面目に質問したことを窺わせる。 そんな源太に、ことはだけが、真面目な顔で応えた。 「うちも、殿さまのために命懸けてるわ」 源太が、瞬時にことはを振り返った。 「そ、そうだよね!?」 欲しかった答えをくれることはに 「ことはちゃ〜ん!!やっぱりことはちゃんは、違うよなぁ」 と、源太が飛び付こうとすると 「でも………」 ことはが、戸惑うような表情で、源太を見返してきた。 「うちの気持ち、流さんのとは、なんか違う気がする」 「………へっ!?」 ことはに抱きつこうとした格好のまま、抱きつくこともできずに固まる源太の肩を、千明が後ろからつつく。 「俺も、外道衆との闘いでは、丈瑠に命預けるよ。丈瑠のこと、すげぇ奴だって思ってるし、丈瑠の力になれればって、いつも思ってし、考えてもいる。丈瑠のお陰で、俺の将来まで、変わっちまってる気がするし」 そこで千明は、橋掛かりの奥をちらっと見た。そこから誰も出てこないことを確認して、言葉を繋げる。 「丈瑠が、志葉家の当主でも、そうでなくても、これは変わらないぜ」 「………えっ?それじゃあ、どうして」 源太は、志葉家に来るまでの道でも、流ノ介に同じようなことを訊いたつもりだ。そして、今、目の前の彼らと同じく、流ノ介にストレートに欲しい答えは貰えなかった。 それが何故なのか、源太にはいまひとつ理解できない。それが、侍とそうでない者との考え方の違いなのか? この問答をするたびに、源太は焦燥感を感じていた。 「千明が言ったことだけじゃなく、志葉の殿さまとしての丈瑠に仕える気持ちだって、もちろんある。丈瑠は、正式な志葉の当主よ。丈瑠が志葉の血を引くかどうかは、問題じゃない。お姫さまだって、そう思ったから丈瑠を十九代目当主にした。その想いは、みんな同じよ」 茉子は源太の気持ちが判るのか、源太が欲しい言葉にわざわざ言い換えて、答えてくれる。そして茉子もやはり、橋掛かりの奥にちらりと視線を走らせてから、幾分低めの声で、次の言葉を紡いだ。 「丈瑠が影武者だったなんて、わだかまりは、ないわ」 「うん。そう。うちもそう。殿さまは、殿さまやし。殿さまが、殿さまで良かったと思う」 ことはも嬉しそうに頷くが、それを、源太は不信感いっぱいの目で見つめた。 「でも………流ノ介とは違うってんだろ?俺には、やっぱ………よくわかんねぇ」 そんな源太の首に、千明が後ろから腕をまわして来る。 「悩むほどのことじゃねぇよ、源ちゃん。程度問題だってこと!『あの』流ノ介と同じに考えられても困る………って、それだけ」 そこで源太は、また頭を抱えてしまう。 「………うっ?だから、何がど、どう違う?………やっぱ………俺にはわかんねぇ」 困惑する源太に、茉子が優しく微笑んだ。 「多分、流ノ介が一番、丈瑠のこと判ってるんだと思う。理屈じゃなくて、もっと身に迫る切実感から」 「切実感?」 源太が顔を上げると、茉子は腕を組んで、空を見上げた。 「う〜ん、そうねぇ。別の言い方をすれば、流ノ介が、丈瑠に一番近い場所にいるんだと思う。だから、かな」 「………近い?そ、そりゃ確かに、茉子ちゃんはハワイだし、ことはちゃんも京都だけど………だったら千明は………」 瞳をぐるぐるさせて、すでに正常な判断ができなくなっている源太。 「あーー。確かに、物理的な距離では、流ノ介より俺の方が丈瑠に近いんだけど」 そんな源太の首に巻き付けた腕を強く引いて、千明は源太の顔を、自分の胸に寄せた。 「姐さんの言ってるのは、悔しいけど、そういう意味じゃないよ」 「えっ?」 源太が、千明の顔を見上げる。 「丈瑠のいる場所って、私たちとは次元………とまでは行かなくても、なんだか立ってる場所が違うなぁって気がする時もあるのよね」 茉子が呟く。 茉子の言葉を聞いて、源太の頭に浮かんだのは、今朝ほどゴセイジャーから聞いてきたばかりの話だ。丈瑠のモヂカラが、数百年に一度の太陽フレアと同等のエネルギーを持っていたという、あの話。 まだ流ノ介しか知らない話だったが、これを知れば、確かに丈瑠は、自分たちとは次元の異なる場所にいるような気もしてくるかも知れない。 だが、茉子や千明が言っているのは、そういう話なのだろうか? 源太が考え込んでいる様子を、どう勘違いしたのか。 「でも流ノ介は、そういうのを乗り越えて、どこまでも丈瑠の後を追って行きそうじゃない?さっきみたいに」 一転して、茉子が明るく告げた。 「ああ。ありそうだよな!!『殿!おまちくださ〜い』とか言って、あいつなら、どこまでも付いて行くな………きっと。うん」 千明が源太の頭を放して、源太の肩をポンポンと叩く。それにことはも、微笑む。 「そういう時、流さんは、そもそも行こうとしている場所が、自分とは次元が違う世界って、気付かはらないのかも?」 それはないぜ、ことはちゃん。 だって、流ノ介は十分に、丈ちゃんが手の届かない世界に行きそうだって心配している。 でも、これは言えない。 そうだとすると、頼みの綱の流ノ介も、はっきりした答えを示さないし、茉子や千明、ことはも、ストレートに答えてくれない。丈瑠はやはり独りなんだろうか。本当の所は。 源太が暗い顔で俯いていると、茉子が源太のうな垂れた頭を小突いた。 「流ノ介は、お屋敷の庭で迷うほどだから、ね」 茉子が、おかしそうに笑う。 「流さん以外の人では、絶対にあり得ないことでも、流さんだけには、できはる………そういうことだと思うん」 そこで源太は気付くのだった。先ほどの茉子の酷薄な笑みも、ことはの率直過ぎる感想も、決して、流ノ介を貶めるものではなかったのだということを。口々に発せられる言葉は、流ノ介への信頼感に溢れていた。 「流ノ介は、典型的なシンケンブルーだしね」 「池波家は、昔っから、そんなん人ばかりやったらしいって………お姉ちゃんも言ってた」 楽しそうなガールズトーク。 「はは。うちの祖母もそう言ってたわよね」 それに、ことはが大きく頷く。それを目ざとく見つけた源太が、目を見開く。 「………えっ?あれ?ことはちゃん、茉子ちゃんの祖母ちゃん知ってるの?」 その言葉に、ことはがいきなり姿勢を正すと、茉子に向き直り、深々と頭を下げた。 「ここ一週間、茉子ちゃんのお家にお世話になってます。お祖母さまにも、とても良くして頂いてます」 茉子はそれに肩を竦めて応える。 「祖母は、ことはをすっごく気に入っちゃってるのよね」 「ああ。それは、私じゃなくて。お祖母さまは、お姉ちゃんを気に入ってはるので、私はその妹だから、です」 即座に顔の前で手を振りながら否定することはに、源太が首をひねりながら、顔を突き出してくる。 「ことはちゃんのお姉さん?そちらのことを、どうして茉子ちゃんの祖母ちゃんが知ってる訳?お姉ちゃんも一緒に、東京に来てるの?」 それにことはは、またもぶんぶんと首を振る。 「まさか。お姉ちゃんも少しは元気になったけど、それでも、今も京都の実家で静養してはる」 「じゃあ、どうして茉子ちゃんの祖母ちゃんが、お姉ちゃんのこと知ってるの?」 ことはは、そこで首を傾げた。 「さあ。どうしてやろか。本当のシンケンイエローはお姉ちゃんだから?」 「本当のシンケンイエローは、ことはしかいないだろ?」 ことはの相変わらずの台詞に、千明が即座に反発する。 「あ………うん。そうか。そうだよね」 千明の反応に、千明の想いを感じたことはが、ごめんなさいとでも言うように、小さく頭を下げた。それにまた、唇を尖らす千明。 その千明の頭の上に、軽くげんこつを落としながら、源太が呟く。 「でもまあ、志葉家家臣ってことで、繋がっているんだし。茉子ちゃんの祖母ちゃんが、ことはちゃんのお姉ちゃん知っていても不思議はないか」 しかし、腕を組んだ茉子が、それに疑問を呈した。 「それはないはずなのよね」 「え?」 「なんだか、訊けない雰囲気なので、祖母には問い質していないんだけど、変なのよ」 あれだけ、丈瑠に言い難いこともずばずば言ってのけていた茉子が、質問することを躊躇するような祖母とは、果たしてどのような雰囲気を纏った人物なのだろうか。それは、かなり厳しい雰囲気を持った人なのではないか。源太と千明は、想像するだけで、思わず身震いしてしまう。 「シンケンジャーとして招集掛けられた後なら、私たちみたいに互いに親しくもなるけれど………」 珍しく茉子が、話の途中で、何かを考え込むように口を噤んだ。 暫く待ったが、それ以上、口を開かない茉子に、源太が痺れを切らす。 「けれど………何なんだ?」 茉子が顔を上げて、源太を見つめる。 「シンケンジャーの招集が掛からない間は………シンケンジャー同士でも、互いの顔も知らないのが普通なんだけどね。私たちがそうだったように」 「………あれって、サ」 そこに千明が口を挟んできた。前と同じく、ちょっとばかり後ろを振り返り、橋掛かりの奥を気にしながら、小声になる。 「丈瑠が影武者だからだったんじゃねえの?事前にバレたら、元も子もないってことで。俺、そう思ってたぜ」 茉子はそれに静かに首を振った。 「召集の時期が遅かったのは、その………影武者問題があったからだと思うけど」 茉子の声も、低かった。そんな茉子の言葉に、源太の顔が曇った。先ほど志葉邸の庭を歩きながら、流ノ介と話していた、まさしくその話だ。 「でも、もっと招集が早かったとしても、互いに知り合うのは、シンケンジャーとして立った者同士だけで、招集後のはずなのよ………」 それなのに、変よね。 そう呟く茉子に、 「俺も部外者ながら、丈ちゃんの代のシンケンジャーだけ特別にそうなのか………って、千明みたいに思ってたんだけど………違うのか?でも、どうして招集掛かるまでは、互いに付き合いがないんだ?もっと緊密に連絡取り合ってた方が、なにかと都合良いような気がするけど?」 源太が訊くと、茉子は、多分ね、と付け加えた上で、話し始めた。 「シンケンジャーとして立った後は、場合によっては臨戦態勢よね。家族や親せきに迷惑が掛からないように、なるべく関係者は少なくした方がいいんじゃないかな」 茉子の話を聞いていた千明が、いきなり手をポンッと叩いた。 「ああ。俺、前に丈瑠にすっげー冷たい声で言われたことある」 千明がいきなり腕を組んだかと思うと、顎を上げて、源太たちを見下すような目付きになった。 「………へっ?千明?」 戸惑う源太に、千明は人差し指を突き付け、冷たい口調で話しかける。 「いいか、千明。過去を捨てるのは、家族とか友達を巻き込まないためだ」 芸達者な千明の、不遜な口調と目付きに、源太も、千明が誰のモノマネをしているのかは、すぐに判った。 「俺たちに関わらせないためなんだよ。そんなことも判らないで、お前は友達を危険に曝したんだ」 最後に、如何にも、というように、千明がツンと顎をあげたところで、茉子が肩を竦めた。 「ああ。あったね。そんな話。あの時、千明、丈瑠にすっごく叱られたんだよね」 「いや、姐さん、ちげぇよ」 そこで千明が叫ぶ。 「叱るつーか、怒ってたんだろうけど、もう丈瑠ってば、すっごく意地悪い感じで………」 そこで、なにをどう思い出したのか、千明の瞳が潤んでくる。 「俺、すっげー凹んだんだぜ」 「それだけのことを、あんたは、あの時したからね。友達、数週間、入院させちゃったんだっけ」 「殿さま、そういうのに、ものすごく気を使われはるから、あれは当然だったと思う」 そうは言いつつも、その時の居たたまれない気持ちが蘇って来たのか、ことはも俯き加減になってしまう。 「なるほど。シンケンジャーの侍の家系の人間ですら、シンケンジャーでなければ、関わらせない………ってことか」 源太が顎に手を当てて、うんうんと頷く。 「理由は、それだけじゃないわ。もっと本質的な問題もあると思う」 茉子が話を元に戻した。 「池波家、白石家、谷家、花織家。どの侍の家系にしても、丁度、外道衆との闘いが本格化する時期に、そこそこの年齢で、なおかつ闘える人材が、直系の後継ぎにいるとは限らないでしょ」 初めて聞く話に、源太が目をぱちくりさせる。 「ことはの家のことでもそうだけど、ちょうど良い年齢で、才能もあって………そんな跡取りがいたとしても、怪我や病気をしただけでも、シンケンジャー候補からは外れてしまうこともあるんだし」 そこまで言った茉子が、ちらりとことはに目をやるが、ことはは、大丈夫とでも言うように、にっこりと笑って返した。それに茉子も頷き返すと 「ことはの家みたいに、兄弟でもいればいいけれど、例えば、本家の長子が赤ん坊だったら、その赤ん坊が育つまで、外道衆との闘いが本格化しないという確証があるか、どうか」 と続けた。 「それって、まるのまま、姫さまのことだよな」 千明の質問に、茉子は頷く。 「そうなったら、とにかく同じ血を引く、親戚の家からでも対象者を探すしかないわ。そのために、どの家も直系の長子だけでなく、シンケンジャーの侍候補になり得る子供を、いくつかの年齢グループごとに幾人か想定して、教育を施しているはずなのよ。ドウコクとの長く続いた凄惨な闘いで、血が絶えかけていた志葉家では………全く関係ない丈瑠を立てるしかなくなってしまったんだろうけど………」 そこで茉子は、大きく息を飲むと同時に、何かを振り切るように、首を振った。 「茉子ちゃん………」 茉子が今の自分の話から、何を連想してしまったのかが想像ついたことはは、茉子の腕に手をそっと添える。ドウコクとの長く続いた凄惨な闘いは、後継ぎだけでなく、その後継ぎになる子供の親を奪ってしまうこともあった。例え、死にはしなかったとしても………。 ことはの手を茉子は、反対の手で優しく握り返す。 「つまり………それぞれの家で最終的に、誰がシンケンジャーとして立つかは、召集のその時までわからない………のだと思う。もちろん、折神のエンブレムを渡されている人物が、継承権一位なんだけどね。召集の、その瞬間まで、その人に何が起きるかわからないのだから」 「なるほど〜。つまり、下手に早めに知りあってて、気心とかが知れちゃってて、後でメンバー変更とかになったら、スポーツチームじゃないんだから、いろいろ問題起こる可能性もある………ってことだな。互いに命を預けて闘う相手なんだし」 源太はこの話にいたく納得した風で、目を瞑って頷いていたが、ふと何かに気付いたように、ぱっと顔を上げた。 「は?………つぅか、これ、丈ちゃんの影武者話、そのもんじゃないかよ!!」 「そういうことになるわね。それだけ、切羽詰まっていたのよね、志葉家は」 一方、源太とは反対に、千明は目をまん丸にしていた。 「お、俺、今の話の方は、全然、知らなかったぜ?」 千明は眉を寄せて、考え込む。 「私の話したことは、あくまで私の想像よ。祖母はあまり詳しいことは語ってくれないから」 茉子が付け加えるが、そんなことは千明の耳には届かなかったようだ。 「そう…だったのか?じゃ、シンケングリーンって、俺でなくても良かった?」 そう言う千明の胸の内にあるのは、 『俺がシンケングリーンになれて、良かった』 なのか。それとも、いつだったか、ことはに言ったように 『あんた、運が悪いね』 なのか。 もちろん、答えは前者と思いたいが、この千明のうろたえぶりに、茉子たちは微かな疑念を抱かざるを得ない。 ふと、周囲の冷たい目線に気付いた千明が、いきなり照れ隠しに笑った。 「いや、俺さ。親父に次のシンケングリーンって、決定条項として言われてた訳よ。ただ、俺の時代に、闘いのための招集は掛からないだろうから、俺の役目は、きっちり次代の子孫を作れって話で………そんな必要、もしかして、なかった?」 「ああ。お気楽でいいわね」 茉子が呆れたように、首を振った。 「まあ、谷家は、その必要がほかの家よりもあるんじゃないの?私たちだって、同じだけどね」 そこで初めて、千明は気付く。 「あ、ああ、そっか。俺の家は、谷の血を引くの、もう俺しかいないんだった………だから俺がシンケングリーン決定だった………ってことか」 千明はショックを受けたように、呟く。 「………え?それって、チョーやばくね?シンケングリーンってば、絶滅危惧種になってねぇか?」 何をそんな当り前のことを今更、という茉子とことはの、先ほどよりさらに冷たい視線に気付いた千明が苦笑いする。それに、茉子が、盛大なため息をついた。 「それはともかく、修行させられている子供は、誰だって、自分が次のシンケンジャーかも、って思って修行するのよ。そうでなければ、修行に身が入らないでしょ?私だって、次代のシンケンピンクは私しかいないと、祖母には毎日のように言われていたわ。それでも、侍の教育を受けていたのは、私だけじゃなかったみたい。親せき筋にも訓練を受けた人はいるみたいよ。もちろん、私にはそんなこと、知らせないし、私も侍の修行の話は、余所ではしなかったもの」 横では、ことはも頷く。 「じゃあ、結局、謎のままなんだな。茉子ちゃんの祖母ちゃんが、ことはちゃんのお姉ちゃん知っている理由は」 源太が難しそうな顔で改めて言うと、茉子は頬に手を当て、愛らしく首を傾けた。 「そうね。訊きたいんだけど………訊けないのよね」 その可愛らしい仕草に、思わず源太がデレッっとしかけた。もしかしたら、源太にこれ以上、何も聞いて欲しくないのから、わざとしているのか。その源太の頭を押さえて、千明が前に出てくる。 「ま、それはもういいや。でサ、姐さん家って、どんなよ、ことは?」 そう言うと、千明はことはの肩に肘を乗せてくる。 「千明、重たい」 さりげなくそう言って、千明の腕から逃れたことはは、それでも嬉しそうに 「それが、茉子ちゃんのお家って、お城みたいな、すごいお屋敷なん。メイド服のお手伝いさんや、黒い服の執事さんや、庭師さんやら、いっぱいいはって」 と喋り出した。 「黒い服のお手伝いさんなら、志葉家にもいっぱいいるだろ」 千明が茶化すと、ことはは頬を膨らましながら、 「黒子さんとはちゃうの。あ、もちろん、志葉家とどっちが広いかって言うたら………どっちなんやろか?」 と、いきなり茉子を見上げる。 「え?ええ!?そりゃ、志葉家でしょ。ここ、どんだけ敷地あるのか判らないくらい、広いじゃない」 躊躇する茉子に、ことはが上目遣いで、さらに質問する。 「でも、お家は茉子ちゃん家のお屋敷の方が、殿さまのお屋敷より広い………よね?」 「ひ、広くないわよ………と思うわ。志葉邸は、立ち入り禁止が多くて、全貌が掴めないじゃない。そんな日本邸宅と、レンガ造りの洋風邸宅を比べないで欲しいわ」 「へぇぇ。姐さん家って、レンガ造りなんだ。かっちょいいじゃん」 「そうなの、千明。窓も上の方が丸い形してて、桟がいっぱいあって、ひとつひとつに、天井から長いカーテンが掛かっているの。暖炉もあって、壁にも電気が付いていて、まるで映画に出てくるお城みたいなの」 夢見るような瞳で呟くことはに、茉子が首をぶんぶんふって、否定する。 「ちょっと!志葉屋敷だって、映画に出てきそうだし、城っぽいじゃないのよ!!」 それに、千明が笑って応えた。 「まあ、そういう意味では、丈瑠ん家も、映画に出てきそうな城…と言ってもいいかもな。但し、時代劇の、だけど」 「茉子ちゃんのお部屋も、お姫様のお部屋みたい。バラ模様が刻印された真っ白な壁紙に、ピンクのカーテンが下がっているの。クローゼットがうちの部屋くらいの広さがあって………」 ことはは、相変わらず、夢見る少女のままだ。 こんなことはを、一年前まではあまり知らなかった千明と源太は、なんだか、おかしくて仕方なかった。誰よりも強い精神力と剣の腕を持ったことはとは思えないほどの、女の子っぽさだ。 「そこにいっぱい、ピンクのひらひらのお姫様ドレスや靴が………」 「あーーーー」 いきなり大声で、ことはの話を遮ったのは、茉子だった。 「ああ。まあ、昔の服が残ってたのよね。今はもう、ぜ〜んぜん着ていないものばっかりだから!」 しかし、この茉子の様子に、源太と千明は瞬時に思い出してしまう。いつだったか、アヤカシに操られて、シンケンメンバーそれぞれの夢世界に飛ばされた時のことを。確か、あの時。茉子の夢の世界で、茉子はアイドルをやっていたのだ。 「………ああ」 「なるほどね」 冷たく返事をする二人に背を向けて、茉子はしらばっくれようとする。でもやっぱり、ことははそういうことに気付かない。 「そうなん。ベッドも天井が付いてて、そこからレースのカーテンが下がってて、大きくて、ふかふかで、うちベッドの中に埋もれてしまいそうになった。あっ、お風呂もね。お部屋に一つずつ付いているの」 と満面の笑みで、茉子の豪邸を紹介し続ける。 「ああ。でも………いいなぁ。俺も泊りたいなぁ」 千明もことはと同じように、想像の世界に浸り、顔がにやけてくる。 「冷暖房完備。お食事は毎晩、豪華ディナー。朝、目覚めたら、自室でシャワー。それでお休みの日はパーティ………とか。セレブだねぇ」 「………でも、茉子ちゃんが質問もできないような祖母ちゃんも、そこに住んでるんだぜ」 耳元で囁かれた源太の言葉に、千明は、一気に夢から覚めたような顔になった。 「やっぱ………いいか。俺は志葉邸で………」 小さく呟く千明に、ことはが無邪気に告げた。 「茉子ちゃんのお祖母さまも、とってもきれいで優しくて、本物の女王様みたいやったよ」 それを聞いただけでも、絶対に、茉子の家に近寄りたくないと思う千明と源太だった。 「おい!!いい加減、何時まで無駄話をしている気だ!」 その時、いきなり千明の頭に、げんこつが落ちて来た。 「………へ?」 見上げると、そこには流ノ介がいた。 「はい?流ノ介?」 そこまで言った千明は、流ノ介の後方に、仏頂面の丈瑠がいることに気付いて、背筋がさむくなる。 「い、何時から、そこにいたんだよ?」 震える声で訪ねた千明に、流ノ介のモノマネが返ってくる。 「冷暖房完備、お食事は毎晩、豪華ディナー………」 「はぁ、良かった………」 胸をなでおろす、千明たちだった。 「なーにが、良かった、だ!?いつまでも、ぐずぐずしていると、日が暮れてしまうぞ!」 流ノ介の言葉に、千明は我に返る。 「あ、ああ。そうだった」 千明はそう言うと、改めて、丈瑠以外のメンバーを見渡す。 「今日、集まって頂いた理由を、これから、発表しまーす」 みなが固唾をのんで、千明の次の言葉を待つ間、千明の後ろで、丈瑠は苦虫をかみつぶしたような顔をし続けていた。 小説 次話 うわっ A^^;) 今回、頑張りましたよ〜♪ 私の目指す、一話の丁度良い量は、 10KBなんですが、 その2.5倍も書いてしまいました。 まあ、無駄に長いだけってことかも知れないですが? 茉子ちゃんとことはちゃんが出てきたのが 何気に嬉しくて、書いても書いても 止まりませんでした〜♪ 茉子ちゃんの豪邸で、るんるんしているガール二人。 書いていて楽しかった。 しかし、ようやくここまで来ました。 次回こそは、キャスティングの発表です。 この話も、GW中にUPできればなあ……… と思っているだけですが、思っています。 2011.05.05 |